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日本文化大革命

 先日、ある日中国交回復の(共同声明調印後の実質的国交回復プロセスでの)現場の功労者のかたのおひとりとお会いしたら、中国の老舎という作家の話をしてくださった。その話をお聞きしているうちに、ああ、文化大革命か――と思った(老舎さんは文化大革命の犠牲者のひとりらしい)。

 このところ、テレビの、とくに東京キー局の番組を見ていると、誰も彼もがやたらと誰やら知れない誰かに気に入られようとして、言ってみれば「デンツー化」している(当然のことかもしれないが)のが気になってきて、気持ちが悪くなっていた。この、憲兵もいないのにみんなの意識がカプセル化していくような現象はなんなのだろうと思い、もしかしたら、産業構造が変化し、第三次産業でメシを食う人が主流になったせいだろうかとも考えていたが、そうか、もしかしたら、文化大革命が起きているのかもしれないな――と思った。

 文化大革命は、もちろん中国特有の現象ではない。どこででも起こりうる現象だし、また現に、どこででも起こっている普遍的な現象だ。

 老舎さんは、そんな人間社会にありがちな現象のなかでもただつくねんとたたずみ、人間世界のくんずほぐれつに思いをはせていたのだろうか(たぶん、文学者だから、意識的にそうしていたわけではなく、それが老舎さんの息をする姿勢だったのだろうが)。

 たとえば「原発事故」。あの事故は、基本的に、2年前のあの建屋の屋根が吹き飛ぶのが見えたときに、一瞬、ああ、もうおしまいや、もうなにもかもが終わったんや――と思えたできごとだった。

 原子炉のなかで起きていたのは、言ってみれば「原爆反応」。68年前にそれを屋外で体験し、「世界唯一の被曝国」をさかんにアピールしていた国が、そのアピールを続けながら、その一方ではそれを利用していた構図も人格の分裂を物語るものすごいものだが、それはともかく、絶対に外で起こしてはいけないと思い、減速させたうえで、厳重に圧力容器や格納容器で覆っていたものが外へ出てきていた(そうでなければ、屋根が飛んだりはしない)。世界唯一の被爆国が原爆を起こした瞬間だ(あのときに世界にまき散らされた放射性物質の量はすさまじいものだった)。

 あの当時、「メルトダウン」が起きているかどうかがさかんに争われていたこともあったが、いまさらそんなことを争ってなんになるのか、もしかしたらこれも現実逃避の一種なのだろうか、と思えたものだ。

 それでも、原発操業開始後40年がたっていたのに、近隣の住民は逃げかたすら知らずに生活していたことがわかった。自治体の首長は被害者のひとりに収まるだけで、記者クラブという組織を通して原発施設の情報などを逐一提供されていたはずのマスコミも、いま初めて原発の構造を知ったように報道して他者の責任を追及するだけで、原爆反応を利用して生活してきたわたしたちも、まるで自分たちには事故に対する責任がなかったように、東電や国の責任ばかりを追及していた。

 その結果、いまはどうなっているか。現場の作業員の人たちがなんとか事故が現状以上に拡大するのを食い止めているだけで、事故の状況は変化していない。「世界唯一の被爆国」をアピールし、核兵器の恐ろしさを訴えていた国民が2年間にわたって原爆反応装置をむき出しのまま放置している。いや、それは、ああなった以上は、現在の技術ではなんともしようのないことなのだろうが、どうしてその現実にみんなで正面から向き合おうとしないのだろう。それが不思議でしかたがない。

 医療現場の「インフォームドコンセント」のようなものか。いまでは、もうこの言葉も医療現場ではあまり聞かれなくなっているのではあるまいか。18年前に妻ががんを発症したときには、患者にすべてを正直に伝えるかどうかがまだ議論されていた。でも、認知症を発症しているような高齢の患者さんはともかく、患者さんの肉体の状態は患者さんが自分に与えられた人生の時間を自分の考えで生きるうえで大切な判断材料になる条件のひとつだ。その条件にまわりの人がベールをかぶせるようなことはしたのでは、その患者さんに与えられた命の時間を他者が変質させることになる。

 日本の国内には、まだ「インフォームドコンセント」の意味が浸透していないということだろうか。昨日、散歩のついでに久しぶりに台湾軍出身の人がやっている店に立ち寄ったら、「日本はいつまでもアメリカにすり寄りすぎだよ。おれたちはあいつらを追い出した。アメリカはいろんな国を自分たちの思いどおりになるひとつの道具として利用してきただけだ。そういう道具も、もう日本ぐらいしか残っていない」と言われた。なるほどな、と思う。日本は鎖国のカプセルを脱ぐときにひとつの決断をした。それまでの武家社会のやたらと体裁ばかりを重視する姿勢の名残かもしれないが、実質はアジアそのものだったのに、うわっつらで欧米の「列強」と呼ばれる国と肩を並べようとした。以来、この国の政策はうわっつらのつぎはぎ、糊塗に終始してきたと言ってもいい。その矛盾が、戦争という大きなシャッフルの機会を経てもまだ消えず、いま、世界が国際化し、人の交流が進むにつれて、少しずつ修正されようとしている。この国も早く、現実に立脚し、いいものにせよ、悪いものにせよ、自分たちに与えられた現実をしっかりと味わいながら生きていけるようになったほうがいいのではあるまいか。

 うわべでまわりの人より「上」(と思われる立場)に立つことで自尊心を保とうとする姿勢は、なにやら明治以前の士農工商の時代の差別による民心沈静化の手法を思い出させていい感じはしない。自尊心は、裸の現実をもとに満たさないと、あとあとにずれを残してとてもやっかいなものになる。鎖国を解くときに、現実はともかくとして、表面で自尊心を満たそうとしたこの国。そのときにお手本にした西ヨーロッパの国々やアメリカもまた、「野蛮人」や「田舎者」と呼ばれた過去を乗り越えるためにうわべを繕い、その結果の矛盾をいまだにかかえている。ほんとうに自尊心というのはやっかいだ。

 19世紀半ばにイギリスの作家ウィリアム・サッカレーが書いた『虚栄の市』。あのテーマが、200年近くたとうとしているいまも、そのまま残っている。

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by pivot_weston | 2013-09-30 14:43 | ブログ

おもいでの夏

 その昔、ゲーリー・グライムズ主演のそういうタイトルの映画があった。

 ハイスクール年代の少年が自分の存在の理由に目覚める(現代の人間社会では、それだけを「存在の理由」と見なすと怒られるのかもしれないが、人間の営みをひとつの生物の営みとして見ると、やはりわたしたちの存在の理由はそれしかなく、それ以外の営みはすべて余興、あるいは暇つぶしとしか思えない)。

 一方では、種の保存のために少年たちオスの個体と分かれ、生命の母地を担って生まれてきた側でも成熟が起こっている。

 先日、Eテレかどこかでコオロギの交尾の模様を映し出していたが、ああいうふうに簡潔にして合理的にことが進めば、どちらの生命もそれほど思い悩むことはないのだろうが、人間は、優れているからか、それとも劣って退化しているからか、どちらかはわからないが、よけいな手続きを無数に踏むようにできていて、だから、分岐した生命の一方の意図と他方の意図がすんなりと結びつくのはなかなか難しい。

 わたしもゲーリー・グライムズと生まれた年が同じなので、劇中の時代(第二次世界大戦開戦当初)は彼同様に知らないが、1970年代に彼がそのときに与えられていた肉体を用いて俳優として表現していたものは、ほぼそのまま感じとり、理解することができた。国語の先生のお宅に遊びに行き、ちらちらとうさん臭そうにこちらに目を走らせる旦那さんといっしょに3人でコタツを囲んでトランプをしながら、ほんの一瞬、こちらのつま先が先生の足に触れたときの得も言われぬ興奮に酔いしれていた経験などは、まさに「ゲーリー・グライムズ」そのものだったと言っていい。

 映画は未熟の欲望と成熟の都合がたまたまうまくかみ合うシーンを用意している。そして、成熟は都合による揺らぎが収まるとまた新たな暮らしに戻っていき、未熟はそれを自分の(単純素朴かつ合理的な生物としてではなく)複雑・不合理かつ七面倒くさい人間としての成熟のワンステップとして、生きていくだけならなくてもいい心だの頭だのというものに刻んでいく。

 同時代に同世代の、同じような衝動をかかえている者として見たために、それほど強烈ではないにしても、いつまでも印象に残っている映画だ。

 今年の夏も、そういう甘美なものではないが、やはり「おもいでの夏」となりそうな時間があった。ある日突然降って湧き(ほんとうはそうではなかったが、わたしにはそう思えた)、自分には時間をさかのぼるという、この世の存在には許されていないことが可能になりでもしないかぎり、できることはないように思え、ただ目の前の時間を支えることだけを考えて働けるだけ働き、いつ開けてくるとも知れなかった新たな展開が開けてくる日を待った。その展開が、昨日開けた。支えてきたものの未知のニューフロンティアへの旅立ち。それを見送ったところで、まず映画の内容ではなくタイトル、「おもいでの夏」というフレーズを思い出した。

 甘美な「おもいで」と、まったく甘美とは無縁の「おもいで」。違うなあとは思ったが、過ぎていくものを見送る姿勢になったとき、ああ、そうか、どちらも同じか、わたしたちはどんな時間でも見送りながらしか生きていけないのか、とも思えた。これもひとつの人生のおもしろさと言えるか。

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by pivot_weston | 2013-09-26 11:54 | ブログ