<   2013年 05月 ( 18 )   > この月の画像一覧


こちらも久々借金カウンター

 近ごろのニュースを見ていて思い出した。

 見ているあいだに秒単位・100万単位でふくらむこの国の財政赤字カウンター

 年収40兆で1242兆の借金だから、この感覚で行くと、年収500万の人には1億5000万ほどの借金が認められてもいい計算になる。認められないのは、個人は寿命が限られているからか。それでは、これまでは「人口ゼロ」などあるはずがないと思われていたこの国に、それが語られだしている現実はどうなるのか。

 原発もそうだったが、打ち出の小槌があるとわかると、節操もなくそれを振りたがる甘えん坊のいかに多いことか。

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by pivot_weston | 2013-05-31 11:59 | ブログ

異文化の心地よさ

 久しぶりに成田へ行ってきた。老母と同居をはじめてからは、ここが限界。その先は、思いを馳せるだけ。

 ウィークデーということがあるのか、ロビーは閑散としていた。でも、やはりいい。姿形や文化の違う人たちが集まっているところは、みんなが相手のことをしっかり見ながらコミュニケーションをしていて、とても落ち着く。いまごろになってなんだが、はじめて回転寿司屋さんというところへ入り、お茶をひっくり返したりして、相変わらず粗忽なところをさらしたが、30巻「も」たいらげた。いや、自分では「も」の意識はなかったが、そう言われた。内心では、なに、ネタがもう少しナンなら、その倍くらいは無自覚に食べていただろうと思った。上品そうに盛られたものを上品そうに食べるのは性に合わない。自分がうまいと思ったものをガツガツと野蛮に食べるのが好き。そうでないと、食った気がしない。

 ブロンドの坊やがブロンドの妹と、カウンターまで注文に行ったブロンドのママにテーブルで留守番をさせられていた。じゃれつく妹に意地悪をして返すおにいちゃん。でも、やさしいおにいちゃんだ。意地悪ばかりしているけど、決して妹の機嫌は損ねない。ふたりとも、となりのテーブルで寿司腹を突き出してふんぞり返っている黒い髪の白くなったおじいさんを意識している。妹はそんな意識を隠せない。おにいちゃんにかかっていっては、やさしい意地悪をされ、こちらへ向かって笑っては、またおにいちゃんにかかっていっている。おにいちゃんはおにいちゃんらしく、そんな意識を隠すすべを知っているが、妹の機嫌を損ねない程度の意地悪にその意識をのぞかせている。

 やがて、ブロンドのママが戻り、3人でハンバーガーを頬張りだした。それでもまだ「意識」を忘れられない妹。もう食べるものに夢中になったおにいちゃん。ブロンドのママも、ふたりがおとなしくしているいまこそチャンスだとばかりに、ひとりだけ相対的に小さいハンバーガーをみるみる頬張っていった。

 どこへ行くのか、帰るのか。ハンバーガーがテーブルの上から消えてなくなると、さっさとトレイをかたづけてどこかへ行ったが、そのときも、ブロンドの妹だけは「バイバ~イ」と黒い髪の白くなったおじいさんに手を振っていった。

 カウンターで注文をとっていたおねえさんは、英語の対応がみごとだった。だから、「すばらしいね、英語の対応」と言ったら、うれしそうに「しばらく向こうに住んでいたんです」と、その秘密を教えてくれた。

 リムジンバスの切符を切っていたおにいさんもそう。どこから来たかは知らないが、若いカップルを相手に、英語で荷物を確認し、瑕疵のない仕事をこなしていた。若いカップルがなにごともなかったように、知らん顔で歩きだしたので、お、このおにいさんの仕事ぶりもたいしたものだなと感心した。

 異文化の人が大勢いて、その異文化の人たちになにごともなかったように旅をしてもらう人たちがいる。そんな光景をながめているだけで楽しい。往復のリムジンバス代は少し高いけど、そうか、成田もたまに息抜きに来るにはいいところだなと思った。

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by pivot_weston | 2013-05-30 22:45 | ブログ

第100号

 週刊メールマガジン『米国政府情報』第100号は、本日21:30に配送いたします。

 2年前のJuly 4th、つまり米国の独立記念日(日本時間7月5日)に第1号を出したときには、思い切ってこんなことを始めてしまったけど、さて、いつまで続くものやらという気持ちがわたしのなかにもありました。だから、当初は、米国の政治やホワイトハウスがらみの小話を集めてネタが切れないようにしなきゃ、などと考えて、よけいな準備もしていたのですが、始めてみると、なんのことはない、あの米国の政治のセンターから公式に発表される情報を追いかけていたら、それだけで手が一杯にも二杯にもなり、小話を盛り込んだりする時間などあるはずもないのはあたりまえであり、いまでは第1号の冒頭に紹介したホワイトハウスの有名な小話を思い出すと、なにやらなつかしさを覚えてしまいますが、ともあれ、100×7日=700日間のホワイトハウスの公式発表情報は漏らさずこの100号のなかに収めてまいりました(ホワイトハウスは、ときどきあとでアーカイヴを編集しているので、現在のアーカイヴと比較すると、アーカイヴにあるのにない情報、アーカイヴにないのにある情報も多少はあると思いますが)。

 このメルマガの発刊を思い立ったとき、昔お世話になった英語情報誌の会社の社長に相談したら、「それにしてもホワイトハウスの情報とはね。そんなもん、誰が読むんだ?」みたいな調子で笑われ、あ、いや、あきれられ、わたし自身も、ん~、やっぱりそうかな、と思ったものですが、発刊を始めて真っ先に気づいたのは、誰よりもわたし自身の仕事にとってとても意味のあることだということでした。英語の翻訳者として、米国のさまざまな情報を日本語に訳す仕事をしていますが、このメルマガの発行を始めてから、仕事で英語を読んでいるときに、あ、これはあのホワイトハウスの動きとのからみだな、とか、あ、これはホワイトハウスも言っていたことだな、などということがわかり、自分の仕事の中身に厚みが出てきたような気がします(ふつうに翻訳の仕事だけをしていると、なかなかそれ以外に情報収集の時間をとるのは難しいのですが、自分の生活のなかにこのメルマガ作成の時間の枠ができ、それを崩さずに守っていかなければならないという義務が生じたことによって、ずいぶん自分のプラスにすることができたと思います)。

 それと、もうひとつよかったのは(日本国民としては残念なことでもあるのですが)、日本の政府やマスコミと独立した自分の視点が持てるようになったことです。とくに現在の政権が発足してから顕著になったことですが、自国政府が発表していることが現実を踏まえたものではないということが明確に見えるようになりました。とくに顕著だったのは政権発足直後で、ぎくしゃくしていた米国との関係をしっかりと建て直して――というようなことがさかんに喧伝されていましたが、こちらからホワイトハウスの発表情報をのぞき見ているかぎり、そうかな?――と首をひねりたくなるところが多々ありました。前政権のころから、中国や韓国とホワイトハウスの関係の濃密さはいやというほど伝わってきていて、日本はこんなことでいいのかな、と思っていたのですが、それでも菅さんや野田さんとはオバマさんもときどき連絡をとっていて、去年11月の東アジアサミットのときには、連続して行われた日米、米中の首脳会談で、日米のほうにはクリントン国務長官を同席させても、米中のほうには同席させないというひとつのシグナルとも配慮ともとれるものが読み取れたのですが、日本の政権交代後は、表の宣伝の声が高まる一方で、ホワイトハウスの発表情報のなかにそれに呼応する動きを読み取ることができなくなりました。むしろ、野田政権のころより発表情報は貧弱になる一方だったので、最初はまた自民党が昔ながらのやりかたで、見えないところでよくわからない絆を結び直しているだけで、日米の連携は安倍さんの言うとおり強化されているのかなと思っていたのですが、半年たった最近の動きを見ていると、やはりホワイトハウスは公式発表どおりの動きを見せていたのだな、ということがはっきりとわかってきました。

 このブログには何度も書いているように、わたしは古い友人が国会議員になったので、半年ほど民主党の国会議員の秘書を経験し(ま、いろんな人とつきあっている国会議員でもあきれるほどのアメーバ人間だから、半年でクビになったのでしょうが)、その経験を生かせることはないかと考えたのも、このメルマガ発刊の動機のひとつだったのですが、別に民主党の支持者というわけではありません。ただ、昔の自民党のような政治を続けていたら、間違いなくこの国は世界から取り残されていくということは確信しています。だから、いまの自民政権も、発足当時に見せていた虚偽の政治は早くやめて、大急ぎで、透明で開かれた政治へ切り替えていったほうがいいと思います。昔は、国内で適当なことを言っていたら、政府やマスコミの情報くらいしか情報のなかった国民は、それに従って判断をするしかありませんでした。でも、いまは(たとえ民心を落ち着かせるという善意にもとづく動機からであっても)表面だけを繕っても、国民にはすべて見えてしまいます。国民ひとりひとりが世界の情報を現場で把握している時代です(先日も、アルジャジーラの番組で、東京にいる日本人が世界の人たちとつながって、英語で議論をしているのを見て、おお、すごい人がいっぱいいるんだな、と感心させられましたが)。フレッシュなスタッフが大勢躍動しているのが見えるオバマ政権のように、早くこの国の政治にも新しい時代に対応した姿に生まれ変わってもらいたいですね。

 オバマ政権の意味を考えさせられたのも、このメルマガ発刊の成果と言えるでしょう。最初はわたしもオバマさんのことをまったく知りませんでした。まあ、黒人初の米国大統領というのはすごいことだとは思っていました。わたしくらいの年代の人は、幼いころになんの疑いもなく、白人ばかりのテレビドラマを受け入れて育ってきたはずです。だから、小学校の高学年くらいになって高まってきた米国の公民権運動を知ったときには、日本の田舎に住んでいたわたしもショックを受けました。ネットにもいっぱい出ているみたいですが、標準的には「だるまさんがころんだ」というらしい遊びでも平気で「インド人の××坊」という言葉を嬉々として口にしていた自分を考えさせられました。しかし、もうオリンピックでもメジャーリーグでも映画でも、肌の色を気にするほうがおかしいような時代になっています。だから、その「黒人初の米国大統領」というところはそれほど意識せずにこのメルマガの発行を始めたのですが、発行しながら、ホワイトハウスの発表情報を追いかけているうちに、いや、そうじゃない、肌の色に限らず、アンフェアなところはまだまだこの世のなかにたくさんあって、それを、制度やなにかを通して少しでもよりフェアな状態にするのが行政や立法の役目なのだから、まだまだ決して有利とは言えないアイデンティティを背負ったオバマさんが動くたびに、たとえご本人のオバマさんはなにも考えていなくても、世のなかは変わっていかざるをえないのだということに気づかされました。

 これも何度か書いてきたことですが、オバマさんが俗に言う「いい人」かどうかなんてまったく知らないし、知りたいとも思いません。実際に日本の国会で大勢の国会議員の実態をこの目で見てきましたが、なかには、これはいくらなんでも、と思う人はいても、自分自身がたいして人に誇れるような内面を持っていないわけですから、政治家にそういうものを求める気はありません。ただ、政治家本人の内面にはいろんなところがあっても、世のなかトータルの現実として、上記のような現実を(100歩とは言わないけど)1歩でも2歩でも、よりよい方向へ進めるのが政治家という職業の役割でしょうから、それさえやってくれればいい政治家と言えるでしょう。で、いま、(人格は闇のなかだけど)そういう課題にチャレンジしているオバマさんを、大勢の若いスタッフが支え、自分たちの思う「よりよい世のなか」をめざしているのが伝わってきます(ホワイトハウスの公式発表情報なんて、そのほとんどはそういうスタッフの作品ですから)。日本の国会にも、そういう若い人たちが大勢集まってきていましたが、彼らの問題点は「いい子」すぎるところだと思います。議員を「先生」「先生」と言って持ち上げるのは、たとえ長年のしきたりだとしても、それにチャレンジするのが若い人の務めだと思います。政治家も人間ですから、ひとりで一度の人生のあいだに知りうる情報の量なんて知れています。つまり、まわりの人が持ち上げて新しい情報をもたらさなければ、その政治家はそれだけ貴重な時間を無駄にして、自己満足の世界にいる世間知らずで終わってしまうということです。世俗の縛りというのはなかなか厳しいものだから難しいでしょうが、日本の国会にも、若い人がどんどん「先生」に自分の意見を言い、それだけ「先生」の知識度を高めるような風土が浸透してきてほしいと思います。世俗の縛りは厳しいけど、世俗の縛りに身を委ねる国は、いまの世界では確実にアウトオブデートになっていきます。

 オバマ政権を見ていると、一市民の目から見ると、ひどいところがいっぱいあります。先日、批判発言があったイスラム圏では、大勢の人を殺しています。一市民の目で見れば、明らかに「悪党」でしょう。でも、それがこれまでの歴史を踏まえて、いまのわたしたちの目の前にある現実。たとえ、いまわたしたちがいるところが石段のマイナス100段目だとしても、だからといって、頭のなかでだけ幻想のプラス1段目やプラス100段目を求めて、そこへ行った気になっても、実質はなにも変わりません。実質を変えることができるのは、たとえそこがマイナス100段目だとしても、1段上がってマイナス99段目にのぼることしかありません。そして、相変わらずそこもマイナスだから、なにをしても多くの批判が飛んでくるでしょう。でも、それを恐れていたら、世のなかの実質はいつまでたってもなにも変えられません。そういうことを理解したうえで、先日の3連発スキャンダルのときにも、合理的に現状を分析して「1段上」をめざそうとしているホワイトハウスの若いスタッフたちの姿勢がわかったことも、このメルマガ発刊の成果と言えると思います。

 あとは、なんとかわたしが「怠け心」に負けないようにするだけです。通常の仕事が終わったあとでのんびりとテレビを見ていたりすると、とたんにこのメルマガの作成作業が重圧となってのしかかってくるので、どうにかその怠け心はコントロールして、せめてオバマ政権の最後までは発行を続けていきたいと思っています。

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ジャブジャブタップ

 久しぶりに爽快感。

 昨夜、チバテレビがなにかの記念企画で『雨に唄えば』をやってくれていた。

 まあ、そういうものだろうけど、まだ幼かった自分の子どもたちに「おい、おまえら、これは見とけよ。これは絶対見ておいたほうがええからな」と言って勧めたまさにその瞬間から、実は内心、ちょっと古さを感じだした。だから、気に入った子どもたちがもう一回見ようとしていても、まあ、こっちはもうええわ、とパスしていた。ああいう感動はやはり一回性のものかな、とも思っていた。

 でも、ゆうべ、ちらりと目をとめて、見はじめたら、ひそかに恐れていたその「古さ」を感じずに最後まで見ることができた。やはり、ジーン・ケリーはすごい。もしかしたら、技術的には相棒のドン・オコナーのほうがもっとすごいのかもしれないけど、あの、自分の体の動きを見る者の視点でコントロールしているところがすごい。プロなら、そんなのあたりまえなのかもしれないけど、ほかの出演者や、あの映画以外でタップやなにかを見せてもらった人にも、あの人みたいに、あれ、この人、こっち(わたし)の視点で踊ってる、みたいに思わされたことは一度もない。たとえば、フレッド・アステアなんかでも、うわあ、うまいなあ、とは思わされても、それはそれでアステアの世界におさまっていて、ジーン・ケリーみたいに、たとえば、ふつうに踊ったら、別に脚の形が三角になったりしないようなところでも、そこで三角にしたら、見ている人が驚くぞ、あるいは、すかっとした爽快感を感じてくれるぞ、だからちょっと無理して三角にして見せてやろう、でも、無理してがんばっているように見えたらなんにもならないから、絶対に、ただ楽しく踊っているだけのように見せよう、と思っているようなところを感じたことはない(しかも、ジーン・ケリーのその「三角」のような表現は、見る角度が少し違ったら、「三角」に見えないもの、つまり、見る者の視点ジャストに送り出している表現だというところがまたすごいんだよね)。

 はじめて見たのは中学生のとき。暴力的な雰囲気の立ちこめる息苦しい学校から帰ったとき、まだUHFの地元テレビ局が開局したばかりで、流せる番組がろくになかったからだろうが、毎日昼間から洋画劇場をやっていた。それをほぼ毎日見ていた。ジェリー・ルイスも、コニー・フランシスも、ウィリアム・ホールデンも、よく出てきて、そういう人の映画には、あ、なんや、またこの人の映画かあ、と思いかけたころ、その洋画劇場ではあまりやっていなかった歌ばかりうたう映画、つまり、ミュージカルがはじまった(そんな呼びかたは、まだ知らなかった)。

 見入った、見入った。で、見入った末にすっかりあの映画の世界にはいり込んでいたときに見せられたのが、例の、あの、雨のなかでのジャブジャブタップ。もうも、ウホッ、ウホホ、ウォーッという言葉しか頭のなかにも出てこなかった。そうや、そうや、雨に濡れるというのは気持ちのええものなんや、とも思ったか。実際には、そうではなく、雨なんてへっちゃら、という精神状態、うれしくてうれしくてしかたのない精神状態というものがあって、そういうときには、さわやかな秋晴れのなかで踊るより、雨という反対の要素があったほうが、逆にそれが刺激になっていっそう内面が高ぶるものなんだ、映画を見るお客さんにもそういうところを見せたほうがよけいに高ぶってもらえるものなんだという計算があってのシーンだろうが、んなもの、田舎の中学生には冷静に解釈する器量もなくて、ジーン・ケリーさんがあの歩道の縁石のところを、ジャブ、カツッ、ジャブ、カツッ……と、別にさしててもさしてなくても関係のない傘をさして、上体を揺らしながらジャブジャブタップで進んでいくところなんか、もう完全に頭がポーッとしていて、おまわりさんににらまれて、ぶつかりそうになった通行人の人に傘をあげて歩き去るあたりでは、もうじっとしていられなくて、おれもいますぐなにかをしなきゃ、と思い、あとを見ていられないほど興奮していたのを覚えている。

 それを、昨夜は、にやにや、にこにこと、穏やかに、頬をゆるめながら見た。これがたぶん、45年ほどの人生の時間のなんたるか、ということになるのだろう。でもなあ、またやっぱり感じてしまった。昔といまじゃ、「かっこいい」のイメージがまったく違う。昔は、なにも持たないのがかっこよかった。もちろん、靴はピカピカ、髪はテカテカでもいいけど、ポケットのなかはふたつ折りのお札が4、5枚程度で、あとはハンカチとタバコくらい。ぷらっと風まかせに生きているのがかっこよかった。機械なんて持って歩くのはいちばんかっこの悪いやつのすることだったのに、変人のジョブズに染められちゃったせいか、いまではみんなが機械を持って歩き、しかも、四六時中、彼女と会っていてもその機械に目を釘づけにしていたりする。まあ、わたしもそんななかのひとりになっているからなにも言えないかもしれないけど、久しぶりに『雨に唄えば』を見たら、おい、みんな、街にはワンダーがいっぱいなんだぜ、と言いたくもなった。

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池の水の怪

 この半年間、ずっと不思議に思っていることを書いてみる。

 ずいぶん大ざっぱなたとえになって申し訳ないけど(経済についても、お金にまつわる数字についても、まったくのオンチなので、ご勘弁を)、去年の暮れ、8万円の貯金を持っていた人は、世界のなかで約1000ドルの貯金を持っていることになっていた。いま、8万円の貯金を持っている人は、世界のなかで約800ドルの貯金を持っていることになっている。1000ドルが800ドルと言われてもピンと来ないかもしれないが、同じ通貨のなかでの比較なら、通貨の単位はどうでもいいから、1000円が800円になったと考えてもいいだろう。

 ずっと不思議に思っているのは、この点。いつかは「どうしてくれるんだ?」と文句を言う人が現れるのではないかと思って注目していたが、わたしの視野が狭いせいか、どうもそういう人たちが現れている気配は感じられない。

 わたしは、上のたとえ話がそのまま現実のようなスケールの生活をしているから、池にたまっている水が少々目減りをしても、新しくはいってくる水を切らしたらたちまち池全体が干上がってしまうので、あら、あら、と思いながらも、まわりにある水、あるいは水分という水分を残らずかき寄せるような思いで新しくはいってくる水を引っ張り込むので精一杯だけど、満々と水をたたえた池をお持ちのかたが2割ほど水量が減っていくのを見ても、平然としているように見えるのがよくわからない。

 たとえば、これがカラカラ天気のような自然現象の結果なら、誰にも文句は言えないので、「おい、このごろは池の水が減ってきたのう」と、村の寄り合いで相談をするくらいしかしようがないのかもしれない。でも、この半年間の場合、人が減らしている。それも、政治家、国が減らしている。ということは、役所のお役人が来て、今度は少しみなさんの水を減らすことにした、と言って、強制的に堰を開いていったようなものだ。

 それでも、文句が出ない。最初は、社会の底辺に根差すというジャーナリズムの基本など知らず、いい子、いい子で育ってきた人たちが多いものだから、政治家や国の人ともその調子でつるんでいるメディアの人たちが伝えていないだけかな、と思ってじっと推移を注目していたけど、どうも、反発まで行かなくても、疑問を口にする人の声すら聞こえてこない。

 いまや、日本国民の大半が自然集水のような原始的な手段ではなく、最新式の海水ろ過装置かなにかを備え、池の水なんて関係ないよという暮らしをするように、株式を始めとする証券市場や為替市場へ投資をして、自然集水一点に絞らない多角的集水システムで全体のバランスをとりながら生活をしているのかもしれないが、ともかく、池の貯水量だけに関して言えば、いまは全員一律に国策によって減らされている状態。1000万円の貯金があった人は、国内だけで見ていればそれに変化はないが、世界全体で見れば、国の手でその財産を800万円程度にまで減らされている。

 つまり、言ってみれば、いまこの国でとられている政策は格差拡大政策。それに対して、アメリカでも、中国でも、いまとられているのは(実効性はともかくとして)格差を縮小しようとする政策。外交の面でも、いまのこの国は完全にまわりの国から浮いてしまっているが、その面でも、ベクトルがまったく逆の方向へ向いている。皮肉なことに、わたしは前からなんの知識も根拠もなしに、まわりの人に日経平均はだいたい1万5000円くらいが妥当なんじゃないのと言っていた。だから、いまの水準を見ると、ほら見ろ、と思うはずなのだが、それも思わない。企業が競争力をつけて、まわりから、おお、この会社の未来に投資しよう、と思ってくれる人を増やし、自然な市場の流れのなかでたどりつけるはずの水準と思っていたから、予想が当たったとは言えない。

 その一方で、いまのこの国の最大のテーマ「被災地復興」についても、ジェスチャーは目立つようになっていても、現場の被災者ひとりひとりの声は、経過時間に比例する以上に聞こえてこなくなっているような気がする。民主党よ、なにをしているのか、と思う。日本で、いまのアメリカや中国(ほかにヨーロッパやアジアやアフリカや中南米の国々も含めていいと思うが)と同じベクトルを打ち出せるのは、彼らではないかと思うのだが。内部をのぞいてきて、彼らの多くも基本的には自民党と変わらず、自民党ジュニア的な性質を持った人たちだということはわかっているが、このところの失言ブームでもわかるように、一方だけの勢力にまかせていたら、この国は世界のなかで完全にバランスを失ったはぐれ舟になっていく。しかたなく世界に合わせるというのではなく、一艘でもしっかりとやっていけるバランスのとれた舟になるためには、ひとりひとりの有権者がそれをめざさなければならないと思うから、注目しているのだが(力学的に言えば、実は自民党も対抗勢力を必要としている。失言の連鎖が生じても、国内の反発が強ければ、それで国全体に対する信用の失墜は防げる。わたしは年末の総選挙のときから、あれは国民の現実逃避の気持ちの表れではないかと思っていたが、あれだけの震災があったあとだから、そういうことも一時的にはしかたがなくても、そろそろそういうものからは抜け出さないといけないのではないかと思っている)。

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by pivot_weston | 2013-05-25 09:53 | ブログ

またまた久々3D震源分布

 このブログでは何度も紹介している「3D震源分布図」の、またまたの紹介です。

 別にこの「地震予知総合研究振興会」とかいう組織の関係者でもなんでもないのですが、ここの震源分布図はとてもわかりやすく、また、回転させていろんな角度から見ることもできるので、ぜひ多くの人たちに見てもらって、いろんな感想をもってもらい、地震に対する知見を深めてもらえたらいいのではないかと思い、ときどき間欠的に紹介することにしています(とくに、将来地球の科学を勉強したいと思っている若い人たちには、ぜひ見てもらいたいですね。わたしたちが未来永劫にわたって、どんなに科学技術が発達しても見ることのできない地殻の立体構造がこんなにはっきり見えるのですから)。

 インターネットも、ユーザ人口が20年前のままだったら、とてもいまのようには発達していなかったでしょう。大勢の人が素人なりに思ったことを語りだしたら、みんなの総体としての地震に対する知見も深まるはずですし、地震の専門家の先生がたも、まわりでいろんな人がいろんなことを言いだすと、これまでのように、間違ったことを言ってはいけないと用心して素朴に感じていることを口に出すのをセーブすることも少なくなるのではないでしょうか(素人のパワーがいかにすごいかも、インターネットが証明済みですし、知識の正規分布の山は、山頂を高くしようとばかりしていても高くならず、裾野をひろげることで高めることができるのではないかと思っています)。

 今日も「サハリン近海」で大きな地震があったというので、気象庁のサイトを見たら、震源は「サハリン近海(北緯54.7度、東経153.4度)」となっていて、Google Earthで見たら、あれ、ここも「サハリン近海」と言うのかな、カムチャツカの「昔のハワイ」の島の行列がもぐり込んでいるところに近いから、「カムチャツカ近海」と言ったほうがいいのではあるまいかと思ったりしたのですが、こういうものを見ていたら、いろんなことを感じるものです。今日も、先の3D分布を見ているうちに、なんだか高知県の土佐湾の形が気になってきて、ああ、そういや、中国山地のラインと平行だよな、と思えてきたり、もしかすると、東日本はタオルが長く伸びたまま、ねじれながらころがっているようなものかな、と思えてきたりしました。あと、和歌山県の北部が真っ赤なのがね、どうしたんだろうと思えたり(阪神大震災の前にも、和歌山と福知山で震度4クラスの地震があったので、昔からこの地域には注目しているのですが、これだけ赤くなっていると、やっぱり素人には、傾向のようなものを想像することもできませんね)。

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by pivot_weston | 2013-05-24 20:33 | ブログ

ペンタブレットから

 なにかのことをどうにか書けば、たいていすぐにそれを覆すようなことが起こるものだが、また起きた。珍しく、「あ、これ、ほしい」と思うものがあった。消費意欲ゼロのはずなのに。

 いまごろこんなものに驚いていてはいけないのだろうが、そう思ったのは「ペンタブレット」。たまたま使いかたを知ったら、お、いいな、と思い、とたんに、いまごろは小学生の子どもたちも各自がこういうものをさげて写生をしに行くようになっているのだろうか、と想像してしまった。

 自由に、いろんなものが描けそうだ。前に、地下鉄の車内でずっとペンを走らせつづけている青年を見かけたことがあり、そうか、あのとき、あの若者はこういうものを使っていたのか、とも思った。時代は多くの人に表現手段を与えている。もちろん、ラスコーやアルタミラの時代や象形文字の時代の人がいとぐちを開いてくれたからできることではあるのだろうが、子どもたちがこういうもので(大人たちに教えられた表現をするのではなく)自由に自分の感じるがままを表現するようになれば、表現者は幾何級数的に増加し、もしかしたら、ラスコーやアルタミラや象形文字の時代の人たちがいたばかりに、そこから枝分かれしながらつながってきたこれまでのわたしたちの表現の流れが、もう一度、文字とも、絵とも、なんともつかないものでユニバーサルにつながって、エスペラントの時代の人が夢に見た状態が、言葉ではなく実現しようとしているのかもしれない(個別の言語や記号体系のなかったラスコーやアルタミラの時代の人がコミュニケーションに苦労していたのではないかと思われるように、もしかすると、これからの統一言語の時代の人たちも、案外、濃やかなコミュニケーションには苦労するのかもしれないけど)。

 でも、そんな未来図を思い描いていると、もしかすると必然的な現象なのかもしれないが、ゴッホの絵が脳裏によみがえってきて、あれはペンタブレットでは描けないわな、と思った。吉行淳之介さんのおかげでバウル・クレーのような人や人生にも興味をもったけど、やはりこれまでの人生でめぐり合った絵画のなかでいちばんにあげたくなるのは、あのゴッホの「麦秋」。たぶん、父の美術全集のなかでも目にしていたと思うけど、印刷の色の出かたがもうひとつだったのか、中学生のころ、図書室の壁にかかっているのをあらためて見たときには、へえー、と思い、一瞬にして作品の世界に吸い込まれてしまった。次に思ったのは、なんでやろ、ということ。なんとなく、自分が明確に意識するわけでもなく自分のなかに描いていた理想の世界、好きな世界のようなものが漠然とあった。それがすべて、その絵に表現されているように感じた。美しいとか、上手とか、そういうことはまったく思わなかった。でも、その、自分ですら明確に抽象的なかたちにできていなかったようなものを、先まわりして表現されてしまったような感覚は、単に美しいと感心する気持ちよりはるかに深く、作品世界と自分をつないでくれるもので、それからはその絵が飾られているあいだ、用がなくても周囲の田畑や木立の景色を広く見渡せる中学校の正面玄関の上の図書室に通い、ほかに利用者がいたら本を読んでいるようなふりもしたが、誰もいないときはずっとその絵を見ていて、これはいつまで見ていてもいいな、と陶酔しきっていた。

 あれは、タブレットでは無理だろう。いかに液晶の分子をあの絵と光学的に同じ状態が再現できるように配列させることができても、あのゴッホという人が不器用な人生の流れのなかで、その必然の結果として、自分が意図すると意図しないとにかかわらず(案外、ここがタブレットとの重要な違いなのかもしれないが)、自分の人生をカンバスになすりつけるようにして残したかたちのようなものは生み出せないだろう。わたしにとっては、ゴッホはすごい人でも、偉い人でも、かっこいい人でも、憧れの人でもない。とても愛すべき人。いまでもあのオーヴェールの教会の前に行ったら会えるのなら、(たぶん、こういうことは直接言葉や文字で聞いても正しく伝わるかどうかわからないことだろうから)じっとそばについていて、どうしてああいう世界が生まれてきたのかを、自分なりに推理・解釈しながら「金魚の糞」をやっていただろう。ユトリロやモディリアーニもそうだけど、とても魅力のある人だ。

 あ、せっかく人並みにコンシューマーズライフにはいっていけるかと思ったのに、気がついたらまたいつものおじさんの世界に戻っていたか。

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by pivot_weston | 2013-05-24 12:51 | ブログ

現代の流通

 狭くて広い話。

 ある日、仕事をしていたら、海外に住む誰かさんからメールが来た。「今度日本へ行くから、買い物をしたいのだけど、荷物、受け取ってくれる?」とある。どうやら、海外へは配送してくれないサイトでの買い物らしい(常識なのかもしれないが、昨日も書いたように、わたしは消費生活にまったく興味がないので、よくわからない)。

 ふむふむ。まあ、朝から晩まで、でまた、晩から朝まで狭い部屋にこもって仕事をしているわたしにとっては、宅配屋さんとの「暑いね、今日は」のひとことも、大切にして立派な社交のひとつ。部屋も、狭いとは言え、家具らしい家具もないので、スペースはあるし。

 だから、「いいよ」と返事をして商品の売り手さんのほうへこちらの連絡先を伝えてもらったら、なんだかおもしろいシステムで(でもないのかもしれないが)、追って、売り手さんのほうからメールが届き、そこにコメントを書き込む欄があり、事務連絡の文言が書いてあった。曰く、「先ほど日本へ発送依頼だしました」とある。

 ん!? ということはだよ――と考えて、「ありゃ、そっちもカンセツ。こっちもカンセツ。商品がほしい人は外国にいるの」と返事をした。

 すると今度は「そうなんです。ロサンゼルスにいまして」とのお返事。どうやら、ご実家かどこかにおられるご家族のかたに発送を依頼しているらしい(ということは、あらかじめそこに商品をプールしていることになるのかどうなのか、そのへんのこともわたしにはまったく見当がつかないが)。

 で、いよいよその商品の到着の日。ピンポ~ン、でドアをあけ、宅配屋さんが荷物をわきに抱えて立っているのが見えると、あ、アレだな、と思う。どれどれ、日本国内のどこから発送されたのだろう、と興味をそそられ、すぐに伝票をのぞき込むと、ほほう、ちょっと虚をつかれる九州の住所だ。

 だからさっそく、宅配屋さんに向かって得々と現代社会の秘められた真相を暴きたい気分になり、「ね、ね、これ、九州から来てるでしょう。でも、売った人はこの人じゃないの」と言って、ひと呼吸おき、宅配屋さんの顔を見る。きょとん。「で、ね、実はおれも買った人じゃないの。アメリカに住んでいる人が別の外国に住んでいる人に売ったのだけど、それが九州に住んでいる人のところへ行って、おれのところへ来て、それをそのうち、外国に住んでいる買った人がピックアップしていくの」と続けて、さあ、どんなものだねとばかりにもう一度宅配屋さんの顔を正視すると、まあ、誰だってそんなものだろうけど、その宅配屋さん、「え、え、アメリカの人が九州に……で、それがここへ来て、それをまた外国の人が、ですか……ちょ、ちょっと、ふ、複雑ですねえ」と言って、はにかんだように笑った(そういう表情でもなければ、さらりとやり過ごせないものだ、こういう場面は)。

 うむ、スピードアップしてストレートになっているかに見える現代の流通の仕組みにも、なかなか退屈させないからくりが秘められているもので、またこういうところに新しいビジネスを開発する人が出てくるのだろう。

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by pivot_weston | 2013-05-23 13:57 | ブログ

やっぱり難儀な本能

 どういうめぐり合わせか、今度は韓国へ行っていた(もちろん、いつものように、頭のなかでだけだが)。

 おかげで、ずいぶんソウルや仁川の街をGoogle Earthで歩きまわらせていただいた。韓国というのは、となりの国だし、韓流ドラマを見ていても日本で見かける人とそっくりの顔立ちの人がたくさんいるしするから、インターネットでなにかを調べるときもいちばん簡単に調べられるのかと思っていたが、意外にも、ハングルという文字が壁になって、それほど簡単に調べものができないことがよくわかった(そのせいか、仕事で扱った文書も、原文のほうに間違いや曖昧なところがたくさんあったが)。日本にも、ひらがなやカタカナがある。考えてみると、EUを形成しているヨーロッパの国々の主要な部分は、お互いに方言のような違う言葉をしゃべっていても、文字はほぼ共通している。東アジアがEUを吹き飛ばすような経済圏に成長していくには、漢字が共通している(あるいは「いた」)という点を思い出してみる必要があるのかもしれない。

 やはり、わたしにとっては、(日本はさておき)アメリカがいちばん調べやすい。その昔、ラジオ局の人が四国のわが家に取材に来たときに、アメリカ出身の人がいっしょについてきたから、「アメリカのどこ?」と訊いたら、ニューヨーク州西部の小さな田舎町の名前を言ったので、「あ、そうか、IBMの実質的創業者のワトソンさんが出たところだよね。洪水がよく起こるところでもあるか」と言ったら、その人が目をまんまるくして「な、なんでそんなことを知ってるの?」と言って驚いていたけど、要するに、わたしたちの商売はそういう商売、そうならなければいけない商売なのだ。

 だから、今回もかなり微に入り細をうがち、ソウルの街を観察させていただいた。さすがに大都会。韓流ドラマを見ていると、なんだかきれいなところばかりが出てくるから、またまた昔の日本ドラマのように、現実は大違いなのに、がんばってみんながうらやむような現実離れした世界をドラマ化しているのかなと思っていたが、どうやら必ずしもそうではないようだ。先日、姜尚中さんがバスで韓国を縦断する番組をNHKでやっているのを見ていたら、わりあいなつかしい光景がたくさん見られたので、まだそうなのかなと思っていたら、ソウルの市内はもっともっと近代化していることがわかった(わたしが仕事で引き受けたものが金ぴかの世界を扱ったものだったからということもあるだろうが)。

 ただ、それで感心して、ワー、すごい、行ってみたーい、と思ったかというと、まったく逆で、今度も自分の体や頭のなかにひそむやっかいな本能を思い知らされてしまった。要するに、消費意欲ゼロ本能。金ぴかの世界でなにを見せられても、ちっとも買いたいとは思わない。食べるものも、きれいなところよりは少々自然にまかせた状態のところのほうが絶対にうまいものがあるはずだという確信のようなものがある。だから、仕事をしているうちに、最初はあ~あとため息が漏れる程度だったが、だんだんいやになってきて、さらには気持ちが悪くなってきた。しかたない。仕事というのは経済活動から生まれ、経済活動というのは、キョービの世界の場合、金ぴかの世界を受け入れないと収縮してしまうものだから、受け入れてやっていくしかないのだが、気持ち悪くなって、吐き気がしてくるのもどうしようもない。難儀な本能をもって生まれてきたものやなあ、とまた何度も思わされてしまった。インターネットもいまや広告媒体、テレビも広告媒体、新聞も雑誌も広告媒体。金ぴかのお店に群がる人たちの姿ばかりでなく、買い物なんてイッコもしなくてもあたしは大満足、とっても幸せ、と言う人の姿もたまには見てみたいと思うけど、無理かなあ。

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by pivot_weston | 2013-05-22 12:51 | ブログ

悪いこともいいことも

 おとといの夜、アルジャジーラのLiveを見ていたら、何度も何度も日本人の映像が流れ、そのたびに「セクシャル・スレイヴァリー」の声が聞こえてきた。あらあら。多くの先人たちが何年も何十年もかけて、こつこつと築いてきたものを崩すことのなんと簡単なことか、だ。もちろん、戦後も下卑た顔をさげて、東アジアへ、東南アジアへと、ツアーに出かける人たちが大勢いたことは、戦後生まれのわたしでも、しかとこの目で見てきたことなので、そういう国民だと思われるなら思われるで、それでいいのかもしれないが、戦地で内面に深く傷を負い、もちろん反省や罪悪感もあったかもしれないが、それよりなにより、まず自分自身が、もういや、もうあんなことは絶対にいや、と思って、こつこつと野良でささやかな営みに喜びを見出しながら温和な笑みを絶やさずに生きてきた先人たちが積み上げてきたもののことを考えると不憫になる。

 いまは憲法改正の気運が高まっていると聞く。失言を連発している人たちはその流れに与している人たちらしい。でも、その失言を聞くと、発した人はみな、護憲派かと思う。とても軍隊を外へ出す人の考えではない。ああいう考えをもっている人たちが率いる軍隊を、いったいいま世界のどこの平和維持部隊が受け入れるだろう。おとといの夜も、日本人の映像と前後して流れていたアルジャジーラLiveの映像のなかに、イラクかどこかとの国境付近に集結するトルコの特殊部隊かなにかの映像があり、そこには、男の隊員たちとともに自動小銃を肩から下げてならんだ女性兵士の姿が何人も映っていた。アフガニスタンでも、国際治安部隊は11歳の女の子が自由に思ったことを文字にしただけで容赦なく銃で撃つような連中を相手に戦っている。その一方で、米国内には、毎日毎日平均3人くらいの女の人がドメスティックヴァイオレンスで亡くなっているという現実もあり、最近では、デート中の暴力も大きな問題になっている。そんな、わたしたちと同じようにひとつの命を授かって生まれてきた人たちが、やむにやまれぬ思いでせめてもの自由を希求しているから、軍隊を持つ国が犠牲を覚悟しても兵を出しているという現実を前にして、やれタテマエだ、やれホンネだと、それこそまさに平和ボケとしか思えないことを口走っている人たちが、憲法改正を語る。わけがわからない。まさしく、いまやこの国は、幼児のような大人たちが政治をしているわけのわからない国になりつつあり、3月あたりには、誰が見ても核をふりかざす国だけが浮き上がっていたのに、包囲網だのなんだのと、またまた現実もわきまえないことを言う人がいろいろやっているうちに、気がついたら、いまや、その核をふりかざしていた国が下す判断しだいでは、逆に、その国に代わってこの国が孤立し、浮かび上がりそうな情勢にもなっている(先日も、ホワイトハウスは、朴大統領が訪れたときに、これからは韓国の世界におけるリーダーシップを支持するという趣旨の共同宣言を発表している)。

 でも、ひとついいことがあった。おかげで、LCOさんのことを思い出した。四半世紀ほど前にお世話になった人。はじめてLCOさんのお店におじゃましたとき、話す言葉になんだかどこかの強い訛りがあったから、「出身はどこ?」と訊いたら、恥ずかしそうにガラガラ声で笑いながら、最初はごまかそうとしていたが、こちらが黙っていたものだから、「福島」と言った。んなはずはない。わたしは四国ネイティヴだが、仙台に行って、仙台のみんなと同じように話がしたかったので、同じように話しているつもりでいたけど、どうもどこかがうまく真似られていなかったみたいで、みんなから「なに、きみ、福島出身?」とたずねられていた。「え、ほんと? なんだか変だなあ。沖縄かどこかじゃないの?(学生時代にアルバイト先で知り合った沖縄の人の話しかたに似ているような気がした)」と問い返したけど、その場は笑ってはぐらかされた。

 そのLさんの謎の出身地がわかったのは、となりでならんでお店をやっていた娘さんのところで飲んでいて、その娘さんが不意に、おかあさんと同じように顔をくしゃくしゃにして恥ずかしそうに笑いながら、「わたし、韓国なのよ。おかあさんが韓国から来たの」と言ったとき。それはそれはみごとな顔立ちの娘さん。そもそも最初にその街の一角に通いだしたのも、わたしが先輩と歩いていて、たまたまお店の外に出ていたその娘さんを見かけ、「な、なんでこんな人がここに……」と、あんぐりと口をあけて立ちどまったから。

 LCOさんは、日本へ来たときのことも話してくれた。無理やりつれてこられたわけではなかったらしい。別に、目的もそういうことではなかったらしい。でも、村の大人に言われて日本へ来て、それが結婚。当時は日本国内でもそういうことがあったのだろうが、顔を見たこともない人とある日いきなり夫婦になるのだからうまくいくわけもなく、じきに家を飛び出して、わたしと会った街へ来たのだという。もうおばあさん(でも、もしかするといまのわたしよりは若かったかもしれないが)。

 居心地のいい店。外は大嵐でも、狭くて暗い、あなぐらのような店でそんな話を聞いていると居心地がよく、朝になるまで飲んでいたら、近くの韓国料理屋さんからビビンバやなにかをとってくれ、寒い冬に、別にそれで不足があるとも思わずに薄手の黒いジャンパーで通っていたら、こちらは毎日金を払っている客なのに、「あーた、ビンボーそーね。これ、あげるよー」と言って、裏地のついたジャンパーを買ってくれたこともあったか。

 かと思えば、娘の店で飲んでいたら、どこかから女の人に引っ張ってこられたおじさんがはいってきた。こちらはL字型のカウンターの短辺のほうで頬杖をついて飲んでいたから、カウンターのなかで娘がやっていることはすべて見える。おじさん客に「水割り」と言われて娘が手にとったボトルは高価なウイスキーのそれ。でも、中身は、わたしが頼まれて向かいの店で入れてもらってきたいちばん安いウイスキー。おじさん客が飲みだしたところで、「わたしも一杯いただいていいかしら」と言って娘がつくりだした水割りは、ウーロン茶を水で割っていた。それでも色でウイスキーと思い込んだおじさんは、「じゃ、かんぱーい」と言ってみごとな顔立ちの娘にグラスを差し出されると、うれしそうにグラスをかちんと当てていた。わたしは黙って飲んでいる。娘が「ちょっとごめん」と言って、カウンターの短辺を跳ね上げてなかから出てきて、おじさん客のとなりにすわっても黙って飲んでいる。で、娘がまたカウンターのなかに戻っても上機嫌なおじさん客が2杯か3杯飲んだところで、「いくら?」とたずねたら、娘が笑いながら「2万」。にやけていたおじさん客の頬がひきつる。でも、こちらは知らん顔。なにか言いたそうになったおじさん客が、口を開く前に、ずっと黙って飲んでいたこちらをちらちらと見ても知らん顔。しかたないよ、自分が甘い夢を見たのがいけなかったのだから、暴れるなら暴れるでもいいが、払う金があるなら払うしかないよ、と思いながら、知らん顔。そんなこともあった。

「年取ったらテグに帰るよ」LCOさんは、そう言っていた。どうしてるだろう、いまごろはテグでのんびりおばあさんをやっているのだろうか――そんなことを考えながら韓流を見ている。「エンダン」に書いた人のことも思い出す。こちらはすでに豊かになった人だったが、どちらも素朴に、強く、現実と格闘しながら生きてきた人であることはよくわかった。なのに、レストランでウエイターさんがスープかソースをひっくり返し、横では頭からそれをかぶっている人がいるときに、パパかママに買ってもらったお洋服にそれが一滴飛び散ったくらいで「ぼくのお洋服が」とピーピー言っている子どものように「なんでうちだけが」と言うとは。アルジャジーラを見ていたら、みんな現実と闘いながら生きているときに、わたしたちだけが自意識の世界で生きているみたいで、ほんとうに恥ずかしくなった。世界中に悪弊があるのなら、黙ってその責めを受け、「某年某月、日本が世界で最初にこの悪弊を認めた」という歴史を後世に残すくらいの度量を見せられないものかと思う。みっともない。

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by pivot_weston | 2013-05-16 15:07 | ブログ