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嵐の選挙戦中の米国に嵐が来た

 週刊メールマガジン『米国政府情報』第70号「嵐の選挙戦中の米国に嵐が来た」は、本日21:30配送予定です。

 ニューヨークはハリケーン「サンディ」のせいでたいへんなことになっているみたいですね。しかし、いよいよ終盤戦を迎えた大統領選挙のほうもたいへんなことになっているみたいで、最後の締めくくりとしてオバマさんが行った48時間全米遊説ツアーもなかなかに迫力のあるもので、ほんと、「嵐に嵐」の印象を受けます。

 ところで、昨日はある省庁の前まで行き、仲間が副大臣にわたしたちの主張を伝えてくるのを待っていました。近くでは、街宣車から「領土」「領土」とうなる声が聞こえてきます。みんな、どうしてそんなに辺縁部のことばかり語りたがるのだろう、という気がしました。辺縁部の領土も、メインボディの国土があってのものではないでしょうか。それなのに、辺縁部の領土を語る人は大勢いても、この国には、国の土、すなわち国土とはなんぞやを語る法律もなく、それを主管する担当部局がどこかもわからない現状があるのです。でも、そんな、ドンパチの音とは無縁な地味な問題には、誰も注意を向けようとしない。その結果、わたしたちの核になる人物は、世界中どこに出しても押しも押されもしない人物だとしても、その人を、政治の世界でやや収まりどころをなくしている観のある男とわたしのような市井のおっさんが協力して盛り立て、この国の土、すなわち国土とはなんぞやを語る法律をつくる方向へもっていこうとしている構図を、木枯らしの吹く風景のなかで頭のなかに思い浮かべて俯瞰して見ると、なにやら、わたしたちが、というわけではなく、この国全体が滑稽に思える気もしたのでありました。

 米国を始め、世界の国々は、これからのわたしたちの命の綱である「食糧」の需給を考えて、しだいに「土」の重要性に気づきだしています。それに対して、そんな国よりはるかに早く、明治の初めから全国土壌調査事業という、地味だけど「環境の時代」を100年も先取りしたようなすごい事業を営々と続けてきて、いまや世界の各国がうらやむ宝のようなデータベースを持っているのに、小泉うわっつら改革でその事業を国の所管から外し、いまやあの霞が関の大官庁街のなかで、どこをさがしても「国の土」を主管する部局がわからないという体たらくに陥っているこの国は、ほんと、なんなのだろう?――背なかに吹きつける秋の冷たい風は、そう語りかけてくるようでもありました。

 耕作をしない人に補助金を出し、そんな補助金を受け取った人が自分たちの職業を子どもたちには就かせたくない職業と考え、子どもを土いじりもさせずに育て、勉強(真理の究明や新たな思考の開発とはほど遠い処世のための勉強)やスポーツばかりさせ、その結果、おりこうさんになった人たちが霞が関に集まり、相変わらず仕込まれたとおりに枝葉にばかり思考を向けているものだから、いつのまにかその中心にぽっかりと空洞ができてしまったのか――そんな構図も想起させてくれる冷たい風でありました。

 しかし、わたしもいろいろと反省しないといけない点がある。地味な定点から世のなかを見つめつづけてきた人と話をすると、自分の間違いにもいろいろと気づかされる夜でもありました。

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デュオニソスの原点

 ルミエールの新酒祭りに参加してきた。

 ワイナリーのとなりの、かつてはそのオーナー家が宮司をしていた神社の境内。某所・松之森天神社の境内で育ったわたしにとっては、なにもアルコールが入らなくても、地面に落ちた枯れ葉一枚を見るだけで感覚が解放されるシチュエーション。

 初日の土曜日は、肌寒い風が吹いていたが、比較的天候に恵まれ、開始予定時刻の10時が近づくと、続々と人が集まってきて、500席ほど用意されていた野外の席が見る見る埋まっていった。社長の木田さんのヨット仲間を中心とする「ルミエール・スペシャルバンド」の演奏も始まる。去年の秋から1年間、山梨の南野呂の丘が、静かに、倦まず弛まず過ごしてきた冬、春、夏の時間のなかであったこと、起きたことをお天道さまに向かって報告するような催しのはじまりだ。

 老人が目尻をなごませ、男女が仲睦み、風船をもった子どもたちが駆けまわる、まるでフェリーニの映画のなかに描かれていたカーニヴァルのような風景が展開されていく。

 四国から移り住み、富士を正面から直視する丘でぶどう造りに取り組む硬骨漢のBさんが正装である長靴姿で現れた。わたしとは、途中でややこしい人物があいだに入り込んできたせいでぎくしゃくしていたが、そんなことよりわが営み、わが営みの過ぎ越しの祭りだ(と書くとユダヤ教のその祭りを連想されそうだが、この言葉をなにもその祭りだけをさすものと限定することもあるまい)。大地と仮借のない関係を結び、仮借のない格闘を繰り広げているだけあって、久しぶりにお会いしたわたしと目が合ったくらいでその笑顔が曇ることはない。ゆっくりと秋のよき日を過ごし、最後はマイクをもって、そう、みんなの原点、マエストロ讃歌をうなっていた。

 日曜日は、予報が「雨」。でも、曇天で青空をふさいだお天道さまが、ぶどうを造るときと同じように決してその思し召しに逆らわず、朝からせっせと客席にも10張りほどのテントを設営していたスタッフたちを見て、雨粒がこぼれるのを懸命にこらえているような天候が続き、ザーッとは来ない。その程度のことなら、会場に入ってくるときには、ぬかるみを恐る恐る踏んでいた人たちが、1年の実りの液体を体に入れたところで身も心も一気に解放され、新酒の屋台へ、ほうとうの屋台へ、ヤマメの屋台へ、ステーキの屋台へと足を運ぶのを止めることはできない。

 某出版社の編集者のHさんが奥さまといっしょに見え、ステージわきのテーブルでいつまでもなごやかな表情をまた一段となごませている。某大手企業の広告を担当していて、いつもスタッフとしてイメージ記録を担当させられているものだから、「今日はスタッフとちゃう。今日は客として楽しませてもらうぞ」と鼻息を荒くしていたFくんも、いつのまにか表情はお客さんなみになごませながら、カメラをもって、あっちを撮り、こっちを撮りしている。こちらも、Hさんを見ては口もとがほころび、Fくんを見ても、ふふふ、の笑いがもれる。

 でも、そろそろ、新宿に残してきた母の薬の準備をしないといけないから帰らなきゃ――と思い、みんなに「ごめん。お先に」を言ってタクシーを呼び、ひっそりとしたワイナリーの事務所のほうへ向かったら、そこでお手洗いから出てきたルミエール専攻の地質学者S先生とばったり。そう、S先生もBさんと同じで、国産ワインの厳しい時代を生き抜いてきた先代社長で現会長のマエストロ・ツカモトのもとに集った「筋金ファン」のおひとり。わたしも妻を亡くしたとき、ご会葬のお礼にどうすればよいかと考えたとき、マエストロに電話をかけ、「ツカモトさんのワインがいちばんいいと思う」と申し上げ、「わかりました。心配しないで。まかせてください」というマエストロの言葉に、よしっ!――と思った、そのひとり。

 申し訳なかったが、タクシーのことはさておき、神社の境内に戻るS先生といっしょに歩きながらお話をしているうちに、先生の口から「やはりこのワイナリーはいい」というご意見が聞かれたものだから、それならと、またすぐにFくんをさがしに行った。大企業の広告を担当し、大勢の人に呼び掛けるのはお手のもののはずの彼が、うれしそうに文句を言いながら写真を撮っているときに、ここはやっぱりこうして社長がお客さんと直接つながって、それを大切にしていくのがいいんじゃないかな、ということをぽつりともらしていたから。「ほらほら、先生もきみと同じ意見だよ」そう言ってまた、ふたりをつないでから、まだにぎやかにざわめく境内の斜面を駆けおりた。

 いい週末。いいデュオニソスの宴。なぜフェリーニがあんな映画をつくったのか、なぜブリューゲルがあんな絵を描いたのか、そんなことがみなすんなりと腑に落ちる2日間でもあった。

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by pivot_weston | 2012-10-29 11:26 | ブログ

モバイルライフ

 また今日も移動日。

 どうも最近は動くのに忙しい。

 しかし、48時間ノンストップで全米遊説を続けたオバマさんのことを考えれば、こんなのは楽なものか(昨夜、動画を見て感心してしまった)。

 この動きが即、稼ぎにつながってくれれば、まだ精神的には楽もできるのだろうが、この世のなか、そんなに甘い話はそうない。

 ……てなわけで、なんだかわからないけど、ともかくモソモソと腰を上げるのでありました(あら、テレビでは、職務を途中で投げ出して万歳しているようなおかしな知事(前知事?)に期待しているようなことを言っている。妙な世のなかだ)。

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by pivot_weston | 2012-10-27 07:02 | ブログ

若者との交流

 昨夜は仕事の関係でスロベニア人学生のニックくんと会ってきた。

 首都リュブリャーナの北東のドムジャーレの出身(この発音が一度ではネイティヴの彼に納得してもらえるようにまねることができず、「違うよ、ドムジャーレだ」と言われたので、覚えておくためにもここに書いておこう。ま、わたしが東京の人に出身地を訊かれて、「かんおんじ」と答えたときに、「ああ、“かんのんじ”ね」と言われたら、「ちゃう、“かんおんじ”。ネイティヴは“かおんじ”と言う」と情報伝達に正確を期すようなものだと思うが)。

 生物科学が専門だということだったが、ほかに言語学も専攻しているということで、ポーランド語もできるというので、みんなが「そりゃすごい」と言ったら、「いや、ポーランドも、ブルガリアも、チェコも、マセドニア(マケドニア)も、みんな同じような言語なんだよ」と答え、新しいfirsthand情報を仕入れさせてもらった。

 スロベニアには、そうでもない人もいるが、わたしのような「倭」の国の雑種からすると、まともに目を見て話をしようとすると首が痛くなるような、とんでもなくノッポの人が多いが、彼もそのひとり。長い髪をポニーテールにまとめて肩から前に垂らしているから、「髪、長いね」と言ったら、意外にも「あなたも長かった?」なんて質問を返してきたものだから、「おぅ、アタボーよ。いまではこんな頭(衣服だったらなまめかしいスケスケ状態)だけど、学生のころはおれだって肩まで伸ばしてたぜ」と言ったら、目をきらきらと輝かせだしたので、つい調子に乗り、「なんつったって、おれたちゃビートルズ世代だもの」と、またまたずいぶん大ざっぱなことを言ってしまったのだが、そこでまた「ああ、そうか」なんて合いの手を返してくれたものだから、スロベニアの若者も知ってるかなとは思いつつも「ほらほら、ザ・フーだろう、ジミ・ヘンドリックスだろう、ああいう世代だもの」と言ってエアギターをやってしまった。すると、ニックくん、固有名詞を出すたびに「そうかそうか」とノッてくる。そこで、またいつものように、うかつにも単純に感心してしまい、「へえ、なんだ、きみなんかでも知ってんのか」と言ったら、近ごろは万国共通、どこの若い人と会っても言われる言葉が返ってきた。そう、曰く、「うん、うちのおとうさんも大好きで、聴いてたもん」だって。ちぇっ、だーら「最近の若いもん」はナマッチロイのよ――なんて、胸の奥ではつぶやいて、年取った悔しさを晴らしたのでありました。

 しかし、近ごろでは日本の若い人もそうだろうけど、ほんとうに自分の視点をしっかり持っている。「ぼくも3歳のころまではドイツ語圏で育って言葉に戸惑った」と漏らしたところからすると、多くの異文化に囲まれた小国スロベニアで生活してきたせいもあるのかもしれないが、誰と話していても自分の視点、定点をしっかりとキープしながら、そこから思うこと、わかることを話しているのがよくわかった。やはり人と人の交流というのは大切だ。交流もせずにふんぞり返っているようなじいさんが政治や外交をリードするなんていうのは、もう土台筋違いの時代に入ってきているのかもしれない。

 そういや、前日の「謀議」の仲間からは、組織内でちょっとした騒ぎが起きているというニュースが入ってきた。わたしたちがやろうとしているのは、昨日も書いたように「地味にして崇高なこと」、つまり、人の営みの基本中の基本のこと。ところが、その基本中の基本のことの担当部署が組織内で不明なのだという。あきれた。公務員になりたがる人のなかに、動機として「安定した職種」をあげる人をよく見かけるが、この国の役所がいかにこれまで長く枝葉末節で自分たちの「雇用創出」に明け暮れてきたかがよくわかる。根もとがないと枝も葉も末節も枯れてしまうのに、根もとを忘れて枝葉を広げることばかりに気をとられていたとは。

 前から思っている、公務員採用の面接試験のときに訊けばいいと思う質問。

Q「あなたは理想の公務員数を何人だと思いますか?」

「そうですね、×千人(×万人)でしょうか」なんていう答えなら不合格。わたしが論理的に正しいと思う答えはこう。

A「ゼロです。わたしが就きたいと思っている仕事も、なくてすむのが理想です」

 まっとうな仕事は生産行為。基本的に人の上前をはねながら生きるような行為を持ち上げるのはどうかと思う。

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by pivot_weston | 2012-10-26 14:16 | ブログ

年寄りの冷や水

 午後8時10分を過ぎたころ、携帯が鳴り、ふだんはいきなり電話をかけてきたりしない人だったので、なんだろうと思ったら、「8時30分までに赤坂の溜池山王まで来られたし」との連絡だった。

 Tシャツ姿で、首にタオルを巻いてのお仕事モード。のこぎりをひくように歯をみがき、タオルを捨ててスーツに着替え、タクシーに飛び乗った。5分遅れたが、みんな「30分ごろ」というつもりだったらしく、いちばん遠い西新宿から行ったわたしが一番乗りで、となりの霞が関から来た彼に「なんでそんなに早いんですか?」と目を白黒させちゃった。ふだんクロックスのサンダル履きで街をとぼとぼと歩いているおじさんも、動くとなったら早いのよ。ザマーミロ、だ。

 少し前にちょいとお騒がせなことをした大将と、四半世紀来、自然を相手に研究ひと筋の変わり種。そこへ西新宿のプータローのおっさんが加わってなにをしたかといえば、壁突破の謀議。にぎやかな中華屋さんの喧騒に「壁があったほうがおもろいでえー」の元気のいい声が混ざる。

「でも、不思議やなあ」と、3人が口々に言う。生きてきた世界のまったく異なる3人。たしかにこの3人がひとつの方向へ向かって知恵を出し合っていることには、人生のおもしろさを感じる。納豆をつつんでいる藁づとのように、あるところでバインドしたあと、しばらくふやけていたけど(別に納豆の藁づとはふやけているわけではないが)、またバインドしてひとつの目標に向かって動きだしている。

 その目標は、地味にして崇高なこと。ほとんど誰も見向きもしなくなっているが、誰の暮らしにも関係すること。

「やったろでえ」「やったろでえ」と気勢が上がる。おかげで、解散してからも、連絡をしてきた彼と歩きながら話し込み、それがあまりに楽しかったので、ついつい、まったく関係のない駅まで電車に乗ってしまったのだが、考えてみると、そこはかつて仕事場としてアパートを借りていたところ。いっしょに借りていた先輩がまだその仕事場をキープしていることを思い出し、もう終電の時刻だというのにその先輩に連絡をとり、またまたそれから、亡くなった仲間のことなども語りながら盛り上がってしまった。

 年寄りの冷や水? まあ、言いたきゃ言え、だ。

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by pivot_weston | 2012-10-25 16:38 | ブログ

旅の収穫

 いろいろあった。

 なかでも、お、と思ったのは、やはり「自尊心」。

 ある(こう書いたら失礼なのだろうが)うらぶれた店をのぞいた。ドアをあけたら、都会では考えられないような広い空間に、カウンターが長々と伸びていて、客はひとりもいない。そのカウンターのなかから、どんよりとしたママさんの顔がちょこんと突き出していた。

 前に、住んでいたころ、そういう店に入り、あまりにも紋切り型の対応と紋切り型の会話で、いたく、時間とお金を損したような気分になったことがあったのを思い出した。

 また同じような気分を体験するのではないかと警戒する気分も頭をもたげてきたが、話を始め、つないでいくうちに、気持ちが落ち着いていくのを感じた。ママさんの表情が紋切り型に変化していくのではなく、こちらの言葉にいちいち微妙に反応しているのがわかり、途中でにぎやかな酔客の一団が入ってきても、またその横顔に、ちょっとした言葉や仕草のやりとりにも微妙に反応しながらその場の空気をどうマネジメントしていこうかと考えている気配がうかがえ、にぎやかな酔客の一団の側にも、そうでなければ静まり返ってしまう空間に乱入した自分たちの役割として、みんなの反応を確認しながらにぎやかにしている気配がうかがえた。

 手ごたえのある時間。これがあれば、誰と、どこで、なにをしていようと、過ごしたあとに過ごした甲斐のようなものが残る。

 別の場所では、みんながひとつの「自尊心」を共有している、あるいは、共有しようとしているのがわかった。ほんとうは「自尊心」なんて固定化させないものだと思う。みんなが自然に伸び伸びと発露し合い、崩し合い、確認し合うからこそ、人と人とが共生し、インタラクションし合う結果として、また新鮮な、うまくすればそれまでより強固で大きな自尊心が生まれてくる。でも、限られた資源で生きていく集団の場合には、みんなが暗黙のうちにひとつの自尊心を共有することで、その共有の流れに沿って受け渡され、流れていく生活の資、つまりお金というものもあるのだということを、はっきりと、わかりやすく観察することができた(たぶん、古くからの政治体制のようなものも、そうしてできあがっていたのだろう)。

 かつての自宅周辺は、立ち話をした人の話によると「なぁ~んも変わらんなあ」。でも、しばらく別の場所で時間を過ごしてきた者の目には、いろいろと変わったところがあるのが見える。なにより、かつては繊細そうに人と話をするのを避けているようにすら見えていたその人が、広い一面の青空のもとにどっかと立ち、その空を仰ぐようにして「なぁ~んも変わらんなあ」と言っている。

 かつては人生にも定点があり、そこと不可分の関係で自分の命の時間を紡いでいくもののように感じていた時期もあった。でも、わたしたちが命を実践する場として与えられているこの空間は、実際にはわたしたちひとりひとりの存在と固定的に結びついているものなどではなく、いろんな要素が入り交じってたえず作用反作用をしていて、たまたま「いま」という時間にその空間に居合わせた自分が、次の時間へ、次の時間へと押し出されているのだということをはっきりと実感することができた。形にこだわらず、地球という天体の表面に現出しているそんな時間の流れを、浮きつ沈みつ、浮草のように生きていく観点も、あながち真理に逆らっているものではないのだなということが実感できた旅でもあった。

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by pivot_weston | 2012-10-24 10:36 | ブログ

帰郷

 久しぶりに四国に帰ることになった。

 20年ほど前、東京で仕事をもらい、四国でやるという、わたしのような無名の人間にとってはけっこう危なっかしいことに挑戦してまで、向こうに帰って住んだのに、どうしてまた東京に戻ってくることにしたのか、と、ときどき思うことがある(帰ったら、わたしなどよりさらに15年ほど早く、同じ翻訳の仕事でそういうライフスタイルを確立していた篠原勝さんという猛者がいたが)。

 自分のなかで、当時はまだ「本宅」だった四国の家に帰る気がまったくなくなっていることに気づいたときがあった。

「本宅」の裏の畑をアスファルトの駐車場に変える工事が始まったのを見たあとだ。

 近くにできた公園に来る人のための駐車場。

 その公園をつくるときも、いちばん近い家のひとつのはずなのに、わが家には事前になんの相談も連絡もなかった。

 そういうところなのか――という思いが、そのときに生まれた。

 それで、また、わたしが知らないうちに、裏庭にあるわたしの仕事小屋から5mほどしか離れていない畑を駐車場に変える工事が始まった。このときは、わたしの留守中に母が市の職員から連絡を受けていたらしいが、それでも、知らずにいたらいきなり裏に人が来て、工事を始めて、生まれたときからなじんできた光景が変化していくのを見たときの感覚は変わらない。

 当時はまだ「単身赴任」状態だった東京に戻り、「本宅」のことを思い返したとき、自分の気持ちのありようがそれまでとまったく変わっていることに気づいた。

 好きにすればいい――という気分も湧いてきた。かたときも休まずに変化し、変貌していく東京で生まれ、育ち、生活している人たちにとっては、自宅の周辺が変化していくことなど日常茶飯事で、いちいち気にしていられないだろうが、そう考えて頭のなかを整理しようとしても、演繹的に導き出した考えではなく、帰納的に湧いて迫ってきた気分は重かった。誰かが自分たちだけの考えで、そこに住んでいる人たちの話も聞かずに風景を変えていく――そういうありかたを考えると、町に対する吐き気に似た感情も湧いてきた。

 300年あまり、ひと筋に遺伝子を紡いできた土地だ。若いころに満州に行っていた父は、晩年、64個の墓石がならぶ墓地を守るのに夢中になり、そこに入った。ふたりでそこへ散歩に行ったときに「悪いけど、わたしはあまりここに入りたいとは思わない」と顔をしかめていた妻も、成り行きで入った。わたしも、子どもたちはどうにかこのしがらみから解き放ってやりたいとは思っていたが、自分は入るものと思っていた。でも、いまは「山頭火」式でもいいかな、と思っている(実際には、山頭火は庵で亡くなったみたいだが)。

 用事があっての帰郷。いま確かめても内面はちっとも変わっていないのだが、しかたないから帰ってくるか。

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by pivot_weston | 2012-10-20 07:29 | ブログ

大統領候補テレビ討論PartII

 2回目のアメリカの大統領候補同士のテレビ討論が終わった。

 1回目では、ロムニーさんが高評価を得たみたいだが、わたしはロムニーさんが「なにを言うか」にばかり夢中になっていて、「どう言うか」に対する配慮が希薄になっているのが気になっていた。

 今日の2回目の討論でも、ロムニーさんは「なにを言うか」で手いっぱいの観があった。だから、ところどころでオバマさんから現職の動かしがたい強い言葉をぶつけられると、ほんの一瞬、たじろぐシーンがあった。

 でも、オバマさんのほうもディテールのほうに目が行きすぎのように感じた。ニューヨーク州のホフストラ大学というところでタウンホールミーティング形式で行われ、一般の人の論点を絞った質問に答えるかたちで進められたのでしかたがないのかもしれないが、ジョン・F・ケネディの就任演説のように広い視点から自分がいまなにをしようとしているかを語れば、いま批判されている政策のディテールもすべて合理性をもってつなぐことができるのに、とも思った。

 竜巻の渦のなかにいる人には、飛び散っているなにやかやしか見えないが、一歩引いて全体を見渡し、それがどういう竜巻で、いま自分はその竜巻に対してどうしようとしているかを語れば、渦中にいる人たちも、飛び散っているなにやかやに対してある意味でのあきらめがつき、誰もが落ち着いて生きかたを考えられるようになるような気がするのだが、どうなのだろう。

 なんというタイミングか、オバマさんが応援していた注目の企業が昨日破産手続きをしたので、そちらの情報追尾に追われて、前半のほうは見られなかったが、それが2回目の討論を見た印象だ。

 超大国アメリカには、個別の政策でちまちまと結果を残すことのほかに、漠然と大きな枠のなかで方向性を語ることも求められていると思う。討論のなかでも出ていたように、アメリカが「移民の国で、世界中からタレントが集まってくる」世界の実験場のような国だとしたら、そういう役割を果たすことにも注意を向けてほしいものだ。

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by pivot_weston | 2012-10-17 12:48 | ブログ

捲土重来を期すオバマさん

 週刊メールマガジン『米国政府情報』第68号「捲土重来を期すオバマさん」は、本日13:30配送予定です。

 メディアの報道や世論調査の結果によると、第1回の大統領候補同士のテレビ討論の結果は「ロムニー圧勝」だったみたいですが、そうか、アメリカの人はそういう見かたをするのか、という気がしないでもないですね。先週もちょっと書いたように、第1回の討論を見たかぎりでは、アメリカの大統領になる人があれではちょっとなあ、という気もしたのですが。

 ただ、だからといって、オバマさんもじっとこらえているだけでは、現代の世のなかでは誰もリーダーと認めてくれないでしょう(もしかすると、先のロンドンオリンピックで思わしい成績をあげられなかった柔道を始めとする日本の「道」では、昔はそうしてこらえるだけの人でも、そこを見て評価する視点があったのかもしれませんが)。

 ともかく、世界のスーパーパワーと言われる国のトップを決める戦いですから、いちばん問われるのは、「作戦」とかなんとかではなく、いつでも、どんなことが起きても、それがまったく予想もつかないようなことでも、つねに瞬時に、それほど方向を過たずに対応ができる「資質」でしょう。それをより強くうかがわせてくれるのはどちらの候補なのか。2回目のテレビ討論(今回はタウンホールミーティング形式)が行われるのはアメリカ時間の今日みたいです。

 もっとも、テレビでうわっつらの要領のよさばかりを競っているのもどうかなと思っていたのですが、このところの日本のiPS騒動を見ていると、どうやらこの国では、一般の人より人間のうわべを見透かす力をもっていなければならない人が、一般の人がテレビで見たらすぐにわかるようなことも見抜けないみたいなので、テレビで映すのは悪くないのかもしれません。

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プレインヴィルUSA

 ひょんなことから思い出した。

 ひところ、「お好きな本は?」と訊かれると、決まってこの本の名前を答えていた。

 1987年世界思想社刊『プレインヴィルUSA――1940年のアメリカ農村生活誌』(J.ウエスト著、増田光吉訳)。

 地味な本。読む人によっては、こんな本、誰が読むのか?――と思われそうな本。

 でも、きめ細かく、驚くほどの情報がちりばめられていた。アメリカの農村のことを、家の軒先まで描写しているような本。

 インターネットの普及した現代では、もうああいう情報も「きめ細かい」情報の範疇には入らなくなり、さらに細かい情報が、わざわざ本を買って、そのページに並んでいる活字を順に追ったりしなくても、簡単に、また無数に得られるようになっているのかもしれない。

 でも、あの本がほんとうに好きだった理由は、その情報の量や細かさだけにあったのではなく、そういう、あの当時は細かかったけど、いまでは細かいとは言えなくなっているかもしれない情報が、こちらの内面にぴたっとフィットしてくる言葉、つまり、素朴な日本語でていねいに表現されていたところにあった。社会学の本だけど、読んでいると、自分ものどかなその農村にいて、日に照らされた乾いた土のにおいをかいでいるような気分にとらわれるほど、ていねいに、ていねいに描かれていた。だから、情報の量や細かさだけなら、もうとっくにOut-of-dateなものと言えるかもしれないけど、トータルの価値で考えると、もういまの時代にはああいう本はできないだろうな、とも思える、貴重な本だった。

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by pivot_weston | 2012-10-15 13:03 | ブログ