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変革期を見る心得――その1

裏切っているように見えるものがいちばん裏切っておらず、
裏切っていないように見えるものがいちばん裏切っている。
おもねる人間の弱さはそんな現象を生む。
ただの処世術の集積では、転がるだけで本質は変わらない。

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by pivot_weston | 2011-02-16 06:43 | 政治

人類の頭脳の進化

脳科学は人間の脳の発達の歴史をどこまで解明しているのだろう。

現代の社会に漂う得体の知れない不安に対する答えは、
もしかすると、そこにあるかもしれない。

Twitterで
ムバラク大統領の動静に関する情報が飛び込んでくる。
まるで、マンションの下の路地を
いかついムバラクがタタタッとかけていくうしろ姿が見えるように、
その情報には迫真の緊張感が漂っている。

一方では、
オバマが3時からエジプトのことでテレビ演説をすると書き込んでいる。

ガガーリンの言った「青かった」地球を
小学校からみんなで手をつないで見に行った映画で共有したのは
いつのことだったか。

テキサス州ダラスの教科書ビルの前から
ケネディ暗殺の映像が茶の間のテレビの画面に届いたのはいつだったか。

「不良」ビートルズのような海外のアーティストの動く姿を
ニュース以外でも見られるようになったのはいつのことか。

わたしたちの脳細胞にも、
それまでは通じていなかったところに神経連絡経路が開け、
頭のなかの視界が劇的に開けたときがあったかもしれない。

インターネットの普及で
地球全体で一個の人類の脳を構成するひとりひとりの人間という脳細胞のあいだにも、
また一段と視界が広く開ける連絡経路が通じようとしているのかもしれない。

変化の波は追い波でやってくる。

かつてはその追い波が背後におぼろげに見えてきたころに、
個体としての人間の寿命はついえていた。

だが、いまは個体の寿命がついえるのも待たずに
変化の追い波が、個体が生涯をかけて手に入れてきた世界観や人生観を追い越していく。

首相官邸の情報管理体制を強化するなんていうのは、
もうばかげたことなのかもしれない。

かつては一国の政府が国民の頂点にいて、
外国と向き合っていた。
いまはどこで起こっていることでも、
世界中の人がリアルタイムで共有し、その集団のなかに
各国の政府もまぎれ込んでいる。

オバマも、
菅直人も、
オサマ・ビン・ラディンも、
みなわたしたちといっしょにタタタッと逃げていくムバラクのうしろ姿を見ている。

政府は国民の先頭に立つのではなく、
国民の背後で事後処理をする事務屋になっていくのか。

人類の脳の発達につれて、
わたしたちは下半身よりも首から上にエネルギーを費やすようになっている。

これでは少子化もしかたのないことか。

子どものころ、
頭デッカチなタコのような姿に描かれていた
未来人や宇宙人の姿を思い出す。

わたしたちも頭のなかで欲望や好奇心を追い求めて追い求めていった先で、
モヤシのようになった自分の下半身に気づき、
さりとて、追い波を次の追い波で追い越していくしかない流れをどうすることもできず、
結局はのたうちまわって歴史上の存在へと化していくのか。

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またひとつの人生を見送った。

成功者の奥さん。
半世紀ほど前、四国の田舎をあとにしたときには、
夜行列車のなかで長男を膝枕し、
もしかすると、
その長男より先に生まれていた女の子の
位牌も胸にいだいていたかもしれない。

つれあいが出身大学の理事長になり、
いまのアフリカ出身のマラソン留学生の
先駆けと言ってもいいかもしれないが、
つれてきた留学生がスポーツの試合で「つば吐き事件」を起こし、
謝罪のコメントが新聞ダネになったりしても、
静かな物腰を保っていた。

最後に会ったときには、
そのつれあいが、貧しく満たされぬ思いを胸にいだいていたころに、
池畔の小さな家の窓から
月夜を映した銀波金波を表現した文章を
「あれはすごい」と評価したら、
うれしそうに微笑みながら、
どこか不安そうにも見える表情でこちらを見上げていた。

最後は数年、認知の難しい歳月を過ごしたという。

その歳月を、そばについて見届けた
かつての膝枕の少年が、告別式では白い頭であいさつに立った。

思うにまかせぬ介護の日々にたまったものと
集まった人たちに伝えたいものが
淡々とした、生真面目そうな言葉の端々からにじんできた。

そして、その言葉の最後に出てきたのが、
夜行列車で上京のおりには位牌になっていたはずの、その姉のこと。

おぼれていた川から「つれあい」が抱いて家までつれ帰ったときのことも、
わたしはあいさつに立った白い頭の元少年の口から聞いていた。
膝枕をしてもらっての、東京までの夜行列車のなかのことも。

はたから見れば「成功者」に見えた人の家族の時間も、
してみれば、終始、溺死した少女の記憶をいだいての時間だったのかもしれない、
とあらためて思った。

そういえば、「銀波金波」の文章のなかにも、
その少女の記憶を胸にいだきながらの
四国遍路の道行きが語られていた。

わが家を背負うはずだった人たち。
井桁に五三の桐の家紋が
死者とその喪主が生きてきた時間を
ほとんど知らないことながら近しいものに感じさせてくれた。

血というのはそういうものかもしれない。

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by pivot_weston | 2011-02-10 22:46 | ブログ