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GoGo

1955が55。
そこにもうひとつ「5」、いや「Go」が重なるものだから、
朝からニュースになっていた元アイドル君がいた。

GoGoだ。
GoGoの世代にGoGoの季節が来ている。

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by pivot_weston | 2010-10-19 23:21 | ブログ

な~んだ、チューゴク

晩ごはんを食べながら
テレビのニュースで中国の反日デモのようすを見ているうちに
なんだかとてもなつかしい気分になってきた。

な~んだ、チューゴク、
学生運動の季節なんじゃないか、と。

日本の学生運動もイデオロギーで盛り上がったのではなかった。
辛抱に辛抱を重ねたあげくに戦争に負け、
今日まで60年あまりも続く「満員電車」に
ごりごりと体を押しこんでなんとか生きていこうとしているうちに、
吉永小百合さんや浜田光夫さんが明るい光を差しこんでくれ、
東京オリンピックが来たと思ったら大阪万博が来て、
たまっていたフラストレーションを吐き出したいがままに吐き出し、
盛り上がりに盛り上がって、
やってない若者はまともな若者じゃないように思われた
学生運動にも静まるときが来た。

「反日」のスローガンに「反米」のスローガンが重なる。

北京オリンピック。
上海万博。
なんだ、中国はやっぱり
いまあの時代を生きているんじゃないか。

あのころ、
ヘルメットに角棒の日本の学生たちに「反米」を叫ばれて、
アメリカの人たちはもっと「強腰」にならにゃいかんと考えていただろうか。

日本はもうとうにその時代を生きてきたんだ。
いつまでもピーチクパーチクやっているのじゃなく、
いいかげん「大人」になろうぜ、「大人」に。

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もしかすると……

引き続き、国の政策の現場にタッチしている。

予算のムダを省き、
国民のお金の流れを健全化するために、
目をギラギラ、ではなく、キラキラと輝かせて、
政治家とタッグを組み、
夜遅くまで素晴しい反射神経で
日々の仕事に取り組んでいる官僚たちがいる。

みんなで夕食をとったあとも、
議員会館に戻り、
日付が変わるころまでひとりで政策論議の詰めの作業に
取り組んでいる政治家もいる。

もしかすると、
戦後の混乱期から高度経済成長にかけた時期のように、
この国の立法・行政の担当者たちが
新しい明確な目標に向けて猛烈にがんばれる環境が
また整いつつあるのかもしれない、
とも思う。

いろいろ支障があって、
細かい事実関係まで書けないのは残念だが、
このままいくと、
ウケねらいで通り一遍の報道を繰り返しているメディアの上層部の人たちや、
その報道をもとにあまり意味のない質問を繰り返している野党の人たちは、
国の現実から浮き上がるときが来るかもしれない。

おもしろい、楽しい、すごい――
そんな形容詞が政治の現場にもよみがえる日が来ようとしているのか。
人生経験豊富で老練なおじさんには、
彼らのまっすぐな気持ちを保護する役どころが求められているのかもしれない。

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by pivot_weston | 2010-10-16 19:13 | 政治

強腰と弱腰

これも、2か月間の政策秘書在任中に
世論とこちらに見えていたもののあいだで
大きなズレを感じたポイントのひとつだった。

たとえば、
わが家ととなりの家とのあいだに
イチジクの木が1本立っていたとする。

わたしはそれを
うちのものだと考えて、
子どものころから、それにまたがったりなにかして
遊んできた。

となりのおじさんも、
なにかいいたそうな顔をしながら、
まあニコニコと、そんなわたしたちの姿を見守っていた。

ところが、
そのおじさんが亡くなり、
代替わりしたとなりの家で、
「あのイチジクの木、あれ、ほんまはうちのもんやで」
という話が交わされるようになってきた。
(日中国交回復期の周恩来さんも、その後の鄧小平さんも、
「まあええわ。なるようにまかせよ。現状にまかせよ」という姿勢だったが、
1992年に中国は尖閣諸島を自国の領土とする領海法を定めている。)

いくら利害の衝突する隣家の住人とはいえ、
他人が自分の家のなかでなにをどう考えるかまでには、
口出しすることはできない。

だから、両家とも、
多少のモヤモヤをかかえながらも、
家と家としては、良好な関係を保っていた。

そう、だから、自民党時代には、
「あれ、ほんまはうちのもんやで」というお父さんの話を聞いた
となりの子どもが、問題のイチジクの木にまたがって遊んでいても、
「さあ、もう日が暮れるから、はよ帰れや」と、
穏便にたしなめるだけだった。

ところが、そのうち、こちらの家でも代替わりが起こり、
そうこうするうちに、両家を取り巻く空気が変化してきたこともあったのか、
これまではイチジクの木にまたがって遊ぶ程度だったとなりの子どもが、
いきなり枝切りバサミをもってきて枝を切りだした。

お、こらこら――とつかまえて話を聞くしかない。

しかし、つかまえられたとなりの家の子どもの親がびっくりした。
え、なんで、そんな……となりの住人は
これまでそんな強い対応をしたことはなかったやんか――である。

「あのイチジクの木、あれ、ほんまはうちのもんやで」といってきた手前、
「ああ、どうも、うちの子どもがイタズラして、すんません」
とはいえない。
なんや、とうちゃんは口だけかいな――と思われたくないものだから、
となりの家の住人は、あれやこれやと強腰に出る。

一方、いくら枝を切られたとはいえ、
子どもをいつまでもつかまえておくのは大人げない、
と思ったこちらの家では、
もうするなよ、といってその子を家に帰した。

してみると、
となりの家の異様というか、過剰な対応ばかりが浮き彫りになってきた。
周囲の家の人たちからも、
なんや、あの家はごっついことするなあ、と思われだした。
だから、となりの家のとうちゃんも、
もじもじと、出した剣をおさめにかかっている――と、
そんなところではあるまいか。

こちらの家からすると、
弱腰も強腰もなく、ただふつうにやってきただけのこと、
という気がしないでもない。

その点、大騒ぎをしてしまったのは、
まわりを海に囲まれて、これまであまりまわりの国と
いざこざのなかったこの国の
「おとなりさん対応」の未熟さの表れといえなくないかもしれない。

なにかあるといくさをしていたのは、
となりの国が見えなかった時代の話だ。
(いまでは国内のテレビコマーシャルの何割かを占めている白人の人を
「鬼畜」といっていた時代もあった。)

となりの家とのいざこざでは、
まあ、そのうちなんとかやるやろ、と腹をくくるのも
そんなに悪い手ではないのではあるまいか。

ちなみに、尖閣諸島のあたりの島々、
中国の明の時代にさかのぼると「倭寇」という海賊に支配されていたらしいが、
この海賊も実質的には日本、中国、台湾の混成軍だったという。

いつでも人と人はフレキシブルに対応できるけど、
国と国になると硬直する。
しかたない、国というのは人間が概念のうえでつくりあげた
人間が生きていくための方便のひとつにすぎないのだから。

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by pivot_weston | 2010-10-12 08:04 | 政治

政治とカネ

2か月間、政策秘書という立場で国会議員の手伝いをしていて、
つくづく思ったことのひとつに、
この「政治とカネ」というのはいったいなにをさしているのだろう?――
ということがある。

もしかして、これ、
政治家にお金がないことをいっているのだろうか?
と思ったこともある。

それくらい、
わたしが見てきた政治の現場には、お金がなかった。

30年前、
雑誌の記者として国会議員会館におじゃましていたころには、
たしかに、どこからともなく、
お金が動いているような気配を感じとることができた。

だが、いまはほとんど感じられない。

会館のなかで出会う人の多くは、
コマネズミのように動きまわっていた。
わたしが鈍感なだけなのかもしれないが、
そのひとりひとりの目の色を見ても、
そこにお金が映っているように見える人はほとんどいなかった。

もちろん、たまには、
ねっとりと目を輝かせ、議員に近づいてくる人もいた。

だが、そういう人は、もはやOut of dateの観を否めず、
いまでは枯れかけている、かつての政治というカネの成る木に
必死にしがみつこうとしている姿が
どこかあわれにも思えた。

それなのに、まだマスコミでは「政治とカネ」の追求が続いている。

此岸は左に、彼岸は右に流れる川を
見せられているような気分だ。

取材に来た現場の記者たちと話をしても、
いまだに「裏で動くカネ」が政治の大問題だと認識している記者は
ひとりもいなかったように思う。

それでも、テレビのニュースや新聞の記事になるときには、
「政治とカネ」の文字が躍る。

マスコミの上層部の人こそ、
「政治とカネ」をネタに、政治を「カネの成る木」にしてやいませんか、
とも思いたくなる。

過去をあばけば、
そりゃあ、まちがいなく小沢さんは「クロ」だ。

1945年の8月以前と以後のように、
世のなかの価値観が大転換したのだから。

わたしたちは、
戦争をしたからといって、
人を銃で撃ったからといって、
自分たちの父祖を責めてきただろうか。

だれか、国のトップにいた人のせいにすることで過去の時代を総括する、
そんな姿勢を踏襲しているだけだといわれれば、
ま、そうなのかもしれないが、
そんなことを繰り返していてどうする、
とも思う。

未来へ向かって考えるときには、
65年前のように、だれかのせいにするしかないようなときも
あるかもしれないが、
なにより求められるのは、ひとりひとりの自覚と総括、
これからどういう時代にしていかなきゃならないか――
それを考えることだと思う。

わたしの印象では、
政治の世界はもうあらかた、そういう方向転換ができていると思う。

できていないのは、
いまだに決まり文句を使ってカネもうけをしている人たちくらいだ。

65年前、この国は沈没した。

だけど、人の生死を目の当たりにしてきた当時の人たちは、
大人の観点で多くをのみこみ、
現実に求められていたことを次々と処理して、
この国をよみがえらせてきた。

その国が、いままた、
国際競争という激流のなかで沈んでいこうとしている。
なのに、豊かになったいまの時代には、
なにものみこもうとしない人たちがいる。
小骨ひとつをのみこむのもおおごと、いやなのかもしれない。

いまのこの国に、
そんなことでいちいち文句をいっているひまがあるのだろうか。

たしかに、年俸2000万だかいくらだかの国会議員の給料は、
わたしたちの感覚からいうと多いのかもしれないが、
国会議員がみな、ただの高給サラリーマン化したらどうなるのだろう。

政治の現場には、もっとお金が必要だ。
さりとて企業でグルになったらろくなことがないことはわかっているのだから、
余裕のある国民がもっともっとお金で意思を示していく必要がある。
そうでないと、このダイナミックな時代に
この国をダイナミックに、フレキシブルに動かしていくのはむずかしい。

そういう意味での「政治とカネ」の問題なら、
もっともっと議論する必要があると感じた2か月間だった。

小沢さんの出身母体でありながら、
小沢さんの根底にこびりついた体質を批判している政党の人たちには、
「戦争責任」を他人ごととして論じてきた
かつてのこの国の人たちを見る気がする。

マスコミの人たちも、
向こうウケするネタ、つまりトップの人たちばかりを追いかけるのではなく、
一度、ふたつの政党のあいだで、
ヒラの議員とヒラの議員の事務所の現状を比較して、
報道してみるといい。

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by pivot_weston | 2010-10-08 10:29 | 政治