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丘の上の家(6)

マイケルさんは、カレンさんと結婚するまで
ジョー・カートライトといった。

え、なんで? 改名したん?――と思うが、
そう、まだ生まれて2年ほどしかたたないゲンゴロウが
過去の資料をひもとくかぎりでは、
そうとしか見えない
(つまり、このお話では、ただマイケル・ランドンさんやカレン・グラッスルさん
のキャラをお借りしているだけですからね。
ジョー・カートライトからチャールズ・インガルスになったマイケル・ランドンさん
の実像なんて、あたしゃな~んも知りませんからね、念のため)。

カートライト家では、
ジョー改めマイケルさんは、ま、めぐまれたボンボンやった。

立派なベン父さんがいて、
まじめでしっかりしたアダム兄さんがいて、
その下にもうひとり、
「怪力ホス」を固有名詞にする力もちの兄さんもいて、
かわいいマイケルさんは、みんなに愛され、だいじにされていた。
(お、末弟のマイケルが人気者だったなんて、
近ごろそのマイケルが亡くなったどっかの一家を思い出すなあ。)

ところが、
それでにこにこ上機嫌で人気者になっているうちに、
なんだか知らないけど、よその女の子も寄ってくるようになった。

で、マイケルさんが大人になると、
その、寄ってきていた「女の子」が「女の人」に変わった。

おまえはええなあ、モテまくりやん――と
仲間たちには言われた。

最初は自分でも、うん、おれはええのかもしれん――と思っていた。

お、いいなあ――と思う女の人がいて、
楽しく話をしているうちに、
なんやら体のなかの下のほうから突き上げてくるものがあって、
急にまじめな顔をしたり、肩に手をまわしたり、腕を引っ張ったりすると、
たいていの人はついてきて、
スカーッとする思いはした。

だから、「ええのかもしれん」と思った。

でも、ケンカ。
で、やになってバイバイ。
そのたびに、美人だったはずの人が美人には見えなくなり、
このままでは、世のなかに美人はひとりもいなくなるんちゃうやろか――
なんて心配までするようになった。

気がつくと、
かつて「おまえはええなあ」と言っていた仲間たちはみな、
それぞれにパートナーを見つけ、
なんや、それほど美人とも思えない奥さんを「どや、美人やろ?」
と紹介するようになっていた。

待てよ、おれはほんまにええのやろか?――
ほんまに幸せなんやろか?――
と、そのときはじめて、マイケルさんは思った。

美人ではなかった人が美人になる仲間たちと、
美人だった人が美人ではなくなるおれ――
そう考えると、結論は明らかだった。

そんなとき、
あるところでカレンさんと知り合った。

漁師村の出身というけど、白いドレスを着て、清楚な人だった。
もちろん美人で、かつて自分をうらやんでいた仲間たちのような連中は、
みな近づくに近づけないようにして、遠巻きにしていた。

でも、ある日、仕事場の裏へタバコを吸いに行ったとき、
アレを見た。

そう、アレ、
スカート姿もものかはの、逆立ちぐるぐるだ。

あっ、と息をのみ、ハッハッハーッと大笑いをしてしまった。

なにしとんねん、あんた?――と訊くと、
カレンさんは恥ずかしそうにしたけど、
逆立ちぐるぐるをしている間の美脚の躍動感あふれる動きからして、
それがその人の本性であることはわかった。

変な人やな、あんた――
気がつくと、清楚な美人に向かってそんなことを言っていた。
言われたカレンさんは、相変わらず恥ずかしそうにしてうつむいていたが、
そのうち顔をあげ、上目づかいにくりくりとその目を輝かせながら、
なんか文句ある?――と言った。

や、ない。

マイケルさんがそう言ったところで、ふたりとも声をあげて笑った。

はじめてやな――と、マイケルさんは思った。
おれははじめて、女の人のありのままの姿を見とるんちゃうやろか。
いや、これまでは、相手の女の人も
自分のありのままの姿を見てくれてへんかったんとちゃうやろか。
そうや、きっとそうやから、
あんなに大勢の人とつきあってきたのに、
ひとりとして、気持ちのぴたっとくる人と会えへんかったんや。
みな「ジョー・カートライト」を見ていて、
おれを見てへんかったんや――と。

それで、マイケルさんはカレンさんと結婚することにしたとき、
もう「ジョー・カートライト」はやめて「マイケル」にしょ、
もうよけいなことはええわ、
ほんまはのびのびしたカレンさんといっしょに
マチュピチュの丘に家を建てて畑でもしながら暮らそ――
そう思ったのだった。


by pivot_weston | 2009-11-30 12:11 | 丘の上の家

丘の上の家(5)

ゲンゴロウがはじめてこの窓辺に来たのは、
祖父のゾウイチロウにつれてきてもらったときだった。

ネズミなのにゲンゴロウという名前で、
そのまたじいさんがゾウときては、
ややこしいことこのうえないのだが、
まあ、いろいろあらあな、この世のなかは。

そこは、出窓になっている。
窓ガラスの手前が棚になっていて、
そこがゲンゴロウの大好きな日なたぼっこの場所になっているのだが、
いくら外から、ぽかぽか、あったかい日が差していても、
ゲンゴロウはあまり窓に近づかない。

ゾウイチロウにはじめてつれてきてもらったころには、
そのあったかさばかりが珍しくて、うれしくて、
窓のガラスにつかまり立ちをしたりしていたこともあったが、
そのころにも、ゾウイチロウは棚のいちばん端っこで、
窓から離れてじっとしていたように、
いまのゲンゴロウも、
木の桟とガラスのすきまからはいってくる風が
体じゅうをつつんでいる毛のあいだにはいってくると、
なにやらいたたまれないような気分になっていた。

でも、たまにはいってくるその風を感じると、
いまでも当時のことが頭によみがえってきた。

最初に来たときには、
ゾウイチロウがそばにあった椅子の背から棚にぴょんと飛び移った。
ゲンゴロウもまねをしようとしたが、
その「ぴょん」の幅がたりなくて、
ドテン――と床に落下した。

いまから思えば不思議だ。
いまのゲンゴロウがゾウイチロウの立場なら、
その物音で人間に気づかれやしないかと、きょろきょろしていただろうが、
そのときのゾウイチロウはただじっとしていて、
床に落ちたゲンゴロウのほうを見下ろし、
どれ、もっぺんじゃ――といっただけだった。

ゲンゴロウは内心、1回やっただけで、こんなの無理じゃ――と思っていたが、
そういわれると、また椅子の背にのぼり、
その背の端から2、3歩下がり、助走をつけた。

でも、またドテッ!

「ドンなやっちゃのう」
ゾウイチロウは床にころがる孫を棚から見下ろし、そういった。

なんとかする方法は、考えてくれようとしない。

だから、ゲンゴロウは、今度は椅子の背の上で10歩下がり、
前より助走にいきおいをつけた。

ガツッ!

なんとかとどいた棚の角にかじりつこうとしたが、
子ネズミの体でも、その子ネズミの歯でぶら下がるには重すぎ、
またしてもドテッ!

でも、対岸の味はわかった。
なんとなく、ちゃんと飛び移るということがどういうことなのか
頭のなかでイメージできた。

そうして、4度目にして、はじめてゲンゴロウは
この窓辺の棚まで来たのだった。

振り返って見る椅子や室内の光景が新鮮だった。
まるで自分が別の世界に来たように感じた。

でも、ゾウじいさんは「やっと来れたか」といって、
また「ドンなやっちゃのう」を繰り返しただけだった。

だけど、目は気持ちよさそうに細めていたか――
ゲンゴロウはそのときのことを思い出し、
あのカレンさんだったら、いっぺんで飛び移れただろうか――
なんてことも考える。

なんといっても、あるときは、家の柱の陰から見ていたら、
「大草原」の制服、スカートばきだというのに、
旦那さんのマイケルさんが仕事に出かけていないのをいいことに、
逆立ちをして裏庭をぐるぐるまわっていたような人だから。

でも、まあ、もうゲンゴロウもこうして一人前のネズミになれた。

あのとき、目を細めていたゾウじいさんは、
いまではその窓から見える森の手前の草むらに眠っている。

人間にしたら、つい2年ほど前のことかもしれないが、
ネズミのゲンゴロウには、はるか昔のことのように思える。

いつのまにか、ゲンゴロウにとっての日なたぼっこの時間は、
そうして思い出にひたる時間になっていた。

だって、ゲンゴロウがこれまでに過ごしてきた時間の思い出は、
ほとんどいま目の前にある窓から見える風景のなかにつまっていた。

あっ!

そろそろその思い出にひたる時間もおしまいにしないと。
森のほうから歩いてくるマイケル・ランドンさんの姿が見えてきた。
クワとナタを右の肩にかつぎ、左手はあのサスペンダーをつかみ、
例のテンガロン・ハットをかぶっている。


by pivot_weston | 2009-11-29 12:09 | 丘の上の家

丘の上の家(4)

猫にしてもそうだが、
どうしてわれわれ小動物というのはこうなのだろう?

あわてて床下の通気口に逃げ込んだゲンゴロウは考えた。

人間なら、いきなり変なことをしている人が目の前に現れても、
それだけですぐに逃げ出す人はそんなにいないのだろうが、
われわれは、あ、カレンさんや――と思う間もなく、
体が反射的に逃げ出してしまう。

なんでこんなに過敏なんやろ?
ホンマ、やになるわ。
もっとどっしりとはでけへんもんかなあ。

ごろごろするカレンさんの振動がびんびんおなかに伝わってくる地面から飛びあがり、
通気口のセメントの枠の上にのっかったゲンゴロウは、
いつものようにまるくなって自己嫌悪の念にひたった。

一方、その振動の主、カレンさんはどうしていたか。

七転八倒してごろごろしていたら、
なんか、泥まみれになったシーツが古代ローマ人のトーガのように、
いい感じで体にへばりついてきた。

よしっ! ドーン・フレーザーだ!

なぜか、彼女は1964年の東京オリンピックで
男子のドン・ショランダーとともに代々木のプールを沸かせた
オーストラリアの女子水泳選手を思い出し、
ゲンゴロウとは違ってそんなに過敏じゃないおなかを突き出して体を浮かし、
空中でバタ足をしながらクロールをはじめた。

そう、カレンさんは、いまではマチュピチュの丘の上の一軒家に住んでいるが、
マイケル・ランドンさんというのかどうか知らないが、
旦那さんと結婚してここに来るまでは、
海辺の漁師村で育ち、
よく村の男の子たちと海で泳いでいたのだ。

え!? カレン・グラッスルさんみたいな奥さんがそんなこと――
と思うかもしれないが、
人間だって、生まれたときには、
男も女もなく、ふんぎゃふんぎゃと手足をばたつかせている。

誰のなかにも、いろんな赤ん坊が宿っており、
マチュピチュの丘の上の一軒家の昼下がりのような、
誰も見ていないひとりの世界では、
のびのびと、いろんな赤ん坊が出てきていいわけだ。

沈思黙考するネズミとばたつく女。

でも、過敏な小動物には、
次々と身のまわりで起こることに体が敏感に反応する分だけ、
頭の切り換えが早いというよさもある。

気がつくと、
自分が大好きな、この家の南西に面した部屋への通路の入口にあたる
通気口にいたゲンゴロウは、
もうカレンさんの脚の残像も忘れ、
ちょろちょろとマイ通路を走ってその部屋へ向かった。

そう、ゲンゴロウは食べ物めあてでこの家に来たのではなかった。
ぽかぽかした陽気のいい日に、
その部屋の窓辺にうずくまっているのが好きだったのだ。

ほんのわずかに波打つ透明なガラスの入った木の桟の窓。
そこから末広がりに差し込む光の帯のなかに
ちらちらと小さなほこりが舞っている。

ほんとうなら、ロッキングチェアかなにかに腰かけられたらいいのだろうが、
ネズミの都合上、そうもいかない。
それでも、そうしてそんなちらちら舞うほこりを見ているのが好きだったのだ。


by pivot_weston | 2009-11-28 09:11 | 丘の上の家

丘の上の家(3)

もちろん、ゲンゴロウはネズミだから、
ピンポ~ン! 「ちゃ~、お~くさぁ~ん、ゴムひ……」
なんてわけにはいかない。

ネズミなんて、
入口がなくても、どこからでも入ってくる――
と人間は考える。

でも、
ネズミのほうはネズミのほうで、
ちぇっ、人間はいいよな、ドアをあければ入れるんだから――
と考えているかもしれない。

ひがみなんて、そんなものだ。

ところで、ここまでのもうひとりの登場人物、
「お~くさぁ~ん」のほうはどうしているのか。

まだ裏の物干しで七転八倒しているとしたら、
よほどしつこくシーツがからみついていることになるが、
そのとおり、まだしている。

でも、渋面ではない。

最初に風がふわっとシーツのへりをもちあげて、
ぺたっと顔に押しつけたときには、
思いっきり渋面になったが、
あらら、あらら、と、
次々とまといついてくるシーツと格闘しているうちにぶっ倒れ、
今度はごろんごろんしていたら、
洗ったばかりのシーツが土でよごれてしまったこともあって、
もういいか、ぽかぽかする日にごろんごろんするのも悪くないわね――
と思って、あはは、あはは、と笑いながらごろんごろんしている。

なんたって、マチュピチュの丘の上の一軒家だ。

スカートがめくれようが、
髪が感電したように四方八方にひろがろうが、
見ている人なんていない。
「丘の上の家」の行動規定や倫理規定はゆる~いのだ。

どんな「お~くさぁ~ん」か?
ま、「丘の上の家」だ。
多少シチュエーションは違っても、
「大草原の小さな家」や「カントリーマァム」のおかあさん、
カレン・グラッスルさんのような人がいいだろう。

ドキッ。

家の側面にまわったゲンゴロウは
明るい午後の日差しに輝きながらばたばたしている
カレン・グラッスル奥さんのおみ足を見て立ちどまった。


by pivot_weston | 2009-11-27 11:13 | 丘の上の家

丘の上の家(2)

さて、その丘に
ゲンゴロウという名前のネズミが一匹、
現れた。

なんでネズミなのか?
なんでネズミのくせに
ゲンゴロウなんて名前なのか?
いや、そもそも、
なんでネズミに名前があったりするのか?

そういう細かいことは、
このさい、考えるのはやめよう。

ともあれ、
ほんわかした家がぽつんと一軒建った
マチュピチュのような丘の構図のなかに
クイッと横から
そのゲンゴロウが顔を突き出してきて、
きょろきょろと、右を見て、左を見る。

悪党か?

一面に日差しがふりそそぐ明るい午後に、
主婦がひとりで洗濯物のシーツにまといつかれて七転八倒しながら
留守番をしている丘の上の一軒家をうかがっているなんて、
どう見たってあやしい。

ま、でも、
それはゲンゴロウが人間だったればのこと。

ネズミの場合、
そんなウロンな行動も、
この世に生まれてきたせつない存在として、
しかたのないこととして認められている。

ちょろちょろと、
ゲンゴロウは短い草におおわれた丘をかける。

でまた、立ちどまり、右を見て、左を見る。

なにを怖がっているのか――とも思うが、
もしかしたら、ゲンゴロウの内面では、
ああ、今日はいい天気だなあ、気持ちがいいなあ――
という気分がわきあがっているのかもしれない。

哀しいことに、
ネズミのゲンゴロウには、
目を細めて、頬をゆるめ、
そんな気分を人間にも伝わるように表現することができないし、
背なかをまるめてちょろちょろと走る以外、
トム&ジェリーのジェリーでもなければ、
行動の自由もない。

明るい午後だ。

ぽかぽかしている。

ゲンゴロウは、そんな丘の構図のなかを
ほんわかした家をめざして、
ストップ・アンド・ゴーでかけていく。
(痛いな、この草、おなかがチクチクして痛い!)


by pivot_weston | 2009-11-26 08:52 | 丘の上の家

丘の上の家

なだらかな丘の上に
ぽつんと一軒、家が建っている。

マチュピチュ――
というと、だいぶイメージが変わってくるが、
まあ、構図としては、だいたいあんな感じか。

壁の色はなにがいいだろう?

木の色につながるカーキかなにかがいいか。

いや、カーキだけでは弱すぎる、というか、
淡すぎるような気がするので、
煉瓦の色もあったほうがいいか。

そう、煉瓦の煙突も立てるか。

しかし、
どうもこれでは表向きのイメージだ。

家には、表もあれば、裏もある。

丘の上にぽつんと一軒、
ほんわかした家があったところで、
じゃあ、裏はどうなっているのか――ということになる。

なんにもなく、
ちょぼちょぼとはえた緑だか黄緑だかの草におおわれ、
一面に日差しのふりそそぐ丘の背に
物干し台を立てて、
奥さんが風にあおられたシーツにまといつかれて七転八倒――
なんて図を思い浮かべるか。

う~ん、
心地よい想像の世界をつないでいくのは難しい。


by pivot_weston | 2009-11-25 17:45 | 丘の上の家

元気の出るメール

このところ収入が激減しているうえに
朝からのデフレ報道。

すぐにまわりの空気に染まってしまう軽薄さが災いし、
若いころによくうたっていた
「いつかある日」の歌なども思い出し、
暗い世界にひたりかけていたら、
ある研究者のかたから
「がんばってください」のメールが来た。

収入もだいじだが、
でも、とりあえず、
自分がやっていることを評価し、
期待してくれている人がいるとわかれば、
目の前の時間を明るく生きる元気は出る。
(これも、まあ、軽薄さのなせるわざだろうが。)

オシ、オシ。

まあ、一日一日の積み重ねだ。


by pivot_weston | 2009-11-23 12:02 | ブログ

インフォームド・コンセント

この問題をしきりに考えていたのも、
もう14年も前のことになるか。

いまではもう、
説明の必要はないかもしれない。

医療現場などで患者さんに、
その患者さんの体の具合について、
ちゃんとわかっていることを伝えて、
納得して生活してもらうことだ。

14年前に妻ががんを発症したときには、
そうするのがいちばんいいと思った。

診てくれていたお医者さんも、
その考えで一致していた。

だから、妻にもそれを伝え、
お医者さんには、
とにかくわかることはなんでも
わたしたちに伝えてもらうことにしたし、
お医者さんとわたしたちとの知識や経験の違いから、
こちらがわかっていないのに伝えてもらっていないことも、
なるべくすべて聞き出そうとした。

だって、
がんになったからといって、
なにもがん治療ばかりをやるわけではない。

たとえば、
がんの影響で脚が動きにくくなったとすれば、
おおもとのがんは小さくならないにしても、
脚はなんとか動きやすくしたい。

そういうときには、
おおもとのがんがどういうもので、どう作用していて、
だから脚が動かしにくくなっている――ということがわからないと、
脚の可動域をひろげようと努力するにしても、
どう脚を動かすのが効果的かがわからない。

問題は微妙だ。
患者の頭のなかにできているイメージが微妙に影響してくる。

だから、
そこが険しい山道であれ、狭い畦道であれ、
とにかく足もとをよく見て歩けるように、
患者のまわりの世界はすべて患者自身に見えるようにした。

それに、
かわいそうだとかいって
患者になにかを伝えないことにしたら、
患者とまわりの人間が同じ世界を共有できなくなる。

そうなると、
伝えてもらえない患者は猜疑心をいだくかもしれない。
もちろん、
かわいそうだと思って情報をセーブするまわりの人間と、
自分の気持ちを思いやって情報をセーブしてくれているのだと思う患者との間で、
思いやりと感謝の気持ちの交換ができたりすることもあるのだろうが、
わたしはそれより、患者に同じ世界を共有する人間がいたほうがいいだろうと考え、
そうすることにした。

考えかたは、みなそれぞれだ。

わたしだって、
妻より15年前に、父が胃がんの手術を受けたときには、
「胃潰瘍ということにする」というまわりの意向に従った。

でも、父はわたしより医学的な知識の豊富な人だった。
だから、わたしと父との間では、
目と目で真実を確認することができた。

父のときの情報隠しは、
母を「がんと向き合う暮らし」から回避させるための手段だった。

よく考えると、
がん診断時の患者にとっていちばん深刻な情報は、
がんかどうかではなく、
死との距離だ。

世のなかでは、
がんと死をひとまとめにするようなとらえかたがされることが多いが、
がんと診断されたからといって、すぐに亡くなるかたは
ほとんどいない。

逆に、父も胃がんの切除手術から10年生きて心臓発作で亡くなったように、
がんと診断されてからけっこう長く生きられる人も
少なくない。

要するに、
がん治療の現場におけるインフォームド・コンセントの問題の
いちばん対策を要するところは、
がんを知らせるかどうかではなく、
その現場を取り巻く世のなかにおける
がんに対する偏見や誤解を取り去ることにある。

わたしがたえずこの問題を考えていたころには、
おもに、
知らせるかどうか、あるいは、どう知らせるか、
ということが問題にされており、
世のなかにおけるがんに対する偏見や誤解の解消作業は、
恐怖心が薄らげば検診率も上がらないと思われているせいかなにか知らないが、
あまり行われていなかったと思う。

がんと診断されたら、
患者はグランドキャニオンの崖っぷちに立たされたような気分になる。

でも、
足もとをよく見て歩いていけば、
案外、その崖までの距離が遠いものであることがわかったり、
脇道が見えてきたりすることもあるし、
自分といっしょにその崖の手前の草原に立っている人がいれば、
先のことはともあれ、
とりあえずいまはそこに腰をおろして
ピクニック気分でお弁当を食べることもできるかもしれないのだが。


by pivot_weston | 2009-11-18 11:48 | 健康と美容

不動通りの喫茶店

日曜日に、表の初台・不動通りの喫茶店に行った。

わたしと同年代で、
妻の実家に近い目黒・中根のご出身のマスターがやっている店だ。

あとから、年配のご婦人と、
わたしより少し若めの男性のお客さんが来て、
「近ごろは、人通りが減ってきたね」という話になった。

ああ、
かつてこのブログで紹介した「アマルコルド」のケンタロウさんも
店を閉めてしまった。

人は、みんな新宿駅周辺に吸い寄せられているのだろうか。

わたしが越してきた日は、
ちょうどこの不動通りのお祭りかなにかの日で、
通りの真正面に沈む真っ赤な夕陽を背景に、
多くの人が行き交っていて、
へえ、活気のある商店街だなあ、と思っていたのだが。

わたしの自宅がある四国・観音寺のかつての目抜き通り、
柳町なんて、悲惨なものだ。

「閑散としている」なんていう表現も当たらない。
「人っ子ひとりいない」という表現しか思い浮かばない。

そこだって、かつて、わたしが子どものころには、
うっかりすると迷子になるくらいの人通りがあったのに。

日本は、
クルマでもないと開発のしようがなかったフロンティアの国
アメリカをモデルとして、
自動車会社の活力をエンジンにして成長してきた国だ。

クルマが売れることには、誰も文句を言わない。

だから、
不動通りの裏は、
クルマが入ってくるなんてとんでもない狭い道だらけなのに、
そこに面して建てられる新しい家には、
必ずと言っていいほど車庫が設けられている。

条件がそろっていないのに、
人と同じようなことをしようとするのは「わがまま」と言う。

その「わがまま」につけ込んで商売をし、
純益1兆円を記録したかと思えば、
不況になったとたんに大勢の従業員を解雇する
企業は「吝嗇」と言えるのかもしれないが、
まあ、そういうのは、クルマなんてとても買えない「貧乏人のひがみ」
としてかたづけられるのだろう。

でも、不必要とも思えるクルマ社会にひたるとどうなるか――
そのひとつの例は、身近にある。

母だ。

母は、自動車会社をエンジンとして急成長してきた日本の、
その急成長時代のただ中にいた。

クルマを「便利」と位置づけ、
2軒となりの家に行くにもクルマで行く。

その母が、いま、どうなっているか。

都会の、電車で動いているお年寄りとはくらべものにならないくらい
脚が弱っている。

まあ、こんなことを書いても、
お金に余裕のある人は、
じゃあ、クルマを買って、ウオーキングをしよう――ということになるのだろうが、
そうして自分の都合ばかりを追い求めていると、
田舎には、公共の交通機関がなくなり、
公共心を養う場をなくしてフロントガラスの陰で
どこへ行くにも後部座席にふんぞり返らせてもらって育った子どもたちは、
やがて、歩道でしゃがみ込んだり立ちつくしたりして携帯電話に見入り、
まわりの人に迷惑がかかってもそれに気づくこともできない大人になり、
不動通りのような商店街はすたれ、
人と人がフロントガラスの陰に隠れあって生きていく世のなかになるのだろう。

冒頭の喫茶店に、
あとから入ってきた、わたしより少し若めの人は、
そんな世のなかの流れのなかで人と人の絆づくりに奔走しているらしい。

白鳥さんという。
こんなサイトを立ち上げておられるらしい。
ご興味があれば、一度のぞいてあげてください。


by pivot_weston | 2009-11-17 09:52 | ブログ

あらためて、オリーブ橋小脳委縮症

きくちさんから書き込みをいただきましたので、
いちいち古い記事に戻らなくてもいいように、
あらためて書き込みをしておきます。

きくちさん、アネさん、
ここのコメント欄を利用して
どんどん情報交換をしてくださいね。

流れに応じて、
またこちらからも書き込みをつないでいきます。

そうか、
きくちさんのおとうさんは
口で言葉を伝えることが難しいのですか。

別の病気になりますが、
この夏、
長女の夫が入院したときには、
携帯電話に文字を入力して意思を伝えるようなことをしていましたが、
そういうことも難しいのでしょうか?

先日、
アネさんのところへ電話をかけたら、
男の人の大きな笑い声が何度も何度も聞こえてくるので、
なんだろう――と思ったら、
アネさんのところの次男くんが父親をわらかして、
リハビリをしているということでした。

わたしは薄情者なので、
アネさんのところへ陣中見舞いに行っていないのですが、
あちらはどうやら、そういう状況のようですよ。