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今日の日経から

加山さんの「私の履歴書」については、
フライングして先の記事に書いちゃったので、
お手間でも、そちらへスクロールを。

1面の「転機の中国 若者発 新たな働き方」。

おもしろい。
現代の世界でもっとも意味をもたない言葉のひとつが
中華人民共和国のかかげる「共産主義」だろう。

だけど、それはともかくとして、
この標題にあるように、
仕事があってもなくても会社にいつづけた古い世代の働き方を
若い人たちが否定して、新しい働き方を模索するのは
日本でも起きている傾向。

必要なときだけ会社にいて、
それ以外は、なにかを楽しむなり、もっと別のことで稼ごうとするなりして、
効率的に生きようとするのは、
ある面では、いまいう「エコの時代」にかなったこと。

ほんとうにそうなら、どんどんその傾向を進めればいいと思う。

ただ、問題なのは、
いつの時代にも、若い人には見えていないことがあるということ。

たとえば、わたしたちはなんのために生きているか?

今日も、あまりにも暑いから洗濯機のなかで水泳をしてしまった
携帯電話をとりかえに家電量販店まで行ってきたが、
わたしたちはほんとうに自分の望む携帯電話さえ手に入ればいいのだろうか。

では、ほしいものをすべて手に入れ、したいこともすべてして、
人生のゴールまでたどりついて、物的なものがすべて意味をなくす死と対面したとき、
どうなるのだろう。

もしかすると、携帯電話を買っているときでもわたしたちが必要としているのは、
携帯電話そのものではなく、
案外、一面ではむだとも思えるその場でのコミュニケーションなのではないのか、
なんて気もする。

方便に目を奪われていると、肝腎の本質が霞の向こうへ消えていく、
ということもありうる。

こういう時代の変化については、
もう20年ほども前、
精神医学者の野田正彰さんのもとでつくった『マインドスケイプ』という本のなかで、
『テクノストレス』の著者クレイグ・ブロードさんが予言していた。

若い人たちの率直な「むだ削り」は悪くない。
ただ、いつでも足もとの感覚だけは見失わないようにすることが大切だと思う。

同じ1面の「介護保険、利用451万人」。

このブログに登場してもらっている「父親」も要介護者のひとりだ。
でも、意外なことに、介護保険は高齢者の介護を想定しているので、
まだはたちを過ぎたばかりの要介護者の「父親」には適用されないことがあるという。

ま、それは伝えておきたい1点。

気になるのはこの記事の見出し「要介護度は悪化傾向に」。

さて、とても難しい問題だ。
前にも書いた、老人の病院通いを「治療」と見なすか「社交」と見なすか――
の問題にも通じる問題が、ここにもひそんでいる。

患者のためを思う医療者は、どうしても患者の便宜をはかろうとする。
当事者としては、ありがたいかぎりだ。
でも、一歩離れて介護保険制度全体を見渡したとき、
すべての医療者が患者のことを思う気持ちから要介護度を引き上げる
ようなことがあれば、どうなるだろう――とも思う。

個人の判断能力と問題処理能力が試されるところ、
いまの進学本位の教育制度のなかでもっとも高い教育を受けているとされている
医療者たちの教育の質が試されるところだろう。

冒頭の「働き方」の記事が投げかけている問題と合わせ、
仕事というのは、ただ心地よければいいというものではないということ、
対決も、絶対に仕事から抜きにするわけにはいかないもの、ということだろう。

5面の「次世代電力網整備 日米、100億円規模で 官民協力 今秋にも米で実験」。

わたしたちの「暮らしのクールビズ」だ。
この試みは、これまでの世界の人たちの暮らし模様をべりべりべりとひっぺがして、
新たな暮らし模様を描き出していくようなものになるだろう。

13面の「リッツ・カールトン 会議付き宿泊プラン」。

旅をして、あらためて感じた。
世界の人たちの認容できる挙措動作は変化している。
かつて、ごく限られた一部の人たちだけが旅をしていた時代には、
ホテルという宿泊施設に求められていたものは、なにをおいてもPolitenessだった。
でも、いまの時代の旅人はかなりRudeであり、
いちおうPolitenessを求めていても、
徹底したPolitenessは求めていないし、
たとえそういうサービスを受けても認識する能力に欠けている。

不況打開策に悩むホテルは、
世界の旅人たちの実態をよくリサーチして、
あらたなサービスのありかたを考え出していく必要があるのではないかと感じた。

寂しいけど、もうPoliteness一本槍のホテルサービスの時代は終わるのかもしれない。

15面の「資生堂、純利益58%減」。

内部情報によると、
資生堂の社員のみなさんはずいぶんプライドがお高いのだという。

自分の仕事や会社にプライドをもつのはいいことだろう。
でも、これも冒頭の「働き方」と同じ。

地べたから芽を出し、成長し、その先にいっぱいついた葉っぱや花ばかり見て、
みんなそこにぶら下がっていたら、
その植物の根っこや茎のほうは弱ってくる。

みんながいい化粧品をめざしてがんばっているのだから、
コンビニで売っている安い化粧品のなかからも必ずいつかいい化粧品が出てくる。

大きな生物組織だって、いつも根もとや足もとを見ていないと、
どさりと倒れる日が来ないとはかぎらない。

それに対して、17面には「大王紙、純利益35億円」。

あら、この出版不況なのに紙屋さんの利益が上がったとしたら、
出版界は読み手から見放されるばかりではすまないということか。

19面の「米投資家 新興国投資を継続 「カネ余り」背景 ドル売り要因に」。

なるほど。
金融危機というのは、お金のかみ合わせが悪くなり、
これまでかみ合っていた歯車と歯車が外れたということか。

「余り」を起こすほど市場に出回ってしまったお金は消えない。
「行き場」を求めているお金がたくさんあるということかな。

35面の「デジカメ画像で簡易写真集 「フォトブック」広がる」。

あら、こんなのもうとっくにはやっているのかと思っていた。
われらが吟品のチンさんが
とっくに息子くんの携帯ストラップ写真集をつくって携帯している。
あの人はなんであんなに流行に敏感かつ詳しいのだろう?
不思議だ。

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by pivot_weston | 2009-07-31 18:22 | 日経新聞

再起動

ブログ上では4日間になったが、
実質的には2日と半日のオフは
とてもいい感じで過ごせた。

毎日、ゆったりと眠り、
静かに目をさまし、
のんびりと街を歩いた。

相変わらず、
3階に住んでいるのに4階と勘違いして、
セキュリティキーで上がれない4階に上がろうとして
ガードマンさんにお手伝いいただくという、
わたしならではスッタモンダも演じたが、
もう3度目の街。
外へ出ると、もう街の地図を頭に入れて
どこへでも好きなところへ行ける
(といっても、実際には、
気に入っている根城周辺の街をぐるぐるしただけだが)。

強烈な日差し、
ランニングシャツ姿でにぎやかに生活する人たちが
なつかしかった。

まあ、帰ってきても
とくになにががらりと変わったということはない。

頭のなかの流れを
少しすっきりさせたということか。

生きていくということは、
つねに目の前のできごとに
それはそれとして取り組んでいくということだろう。

帰ってさっそく買った日経新聞の「私の履歴書」。
30日付は「オヤジの死」。
加山雄三さんの父、上原謙さんに関する記述は、
まるでわたしの気持ちを代弁してくれているように読める。
こういうことなんだよ、みんな――と感じる。

わたしと同じような立場を体験している人は世のなかに大勢いる。
でも、大勢いるからといって、
世のなかの人たちに理解されているとはかぎらないのだな、
ということをつくづくと感じる。

代わって、今日は「いのち果てるまで」。
いきなり『旅人よ』ときた。

いい曲だ。
気に入ってホスピスのボランティアでもうたっていたら、
丸亀市の元歌手の住職、三原さんに音程をほめられた思い出の曲だ。

正確な音程なんて、よくわからない。
でも、心地よさから次の心地よさを求め、
心地よい時間の流れのなかにおさまっていられたときというのは、
たいてい結果として、
音程というひとつのパラメータもドンピシャになったりするものなのだろう。

少し引用する。

「72歳になっても、「永遠の若大将」といわれる。
「若大将」のイメージが強すぎて、俳優としてはマイナスになった面もあるだろうが、
音楽家としてはまったく逆である。
多くの人々と共有した夢の世界が「若大将」で、
僕の音楽はそこに誘う呪文のようなものかもしれない」

まさに、まさに。

音楽には、人の生活する空間を一変させてしまう力がある。

ホスピスで音楽ボランティアをやっていたときも、
歌をうたいだすと、その空間が変わった。
90歳を越え、ご自分の年齢も忘れがちになっていたおばあさんが、
みんなで『籠の鳥』という歌をうたいだすと、
目を少女のように輝かせ、
7番まで、ひとりだけまったく歌詞を見ずにうたいとおした、
なんてこともあった。

米をつくり、服を縫い、車をつくり、家を建てている人たちは、
間違いなく人のために役に立って生計を立てている。
でも、そうではない、なんだかわけのわからない空気をつくっている人たちも、
間違いなく人のために役に立っている。

そういう意味で、加山さんのこの連載の結びの言葉、
「夢をこころに、いつまでも」は、
多くの人の胸に、生きていくためになくてはならない空間を提供したことだろう。

いい時期に、いい連載をしてくれた。
加山さんにも、日経さんにも、多謝多謝(ドォシャドォシャ)だ。

さ、いいものをもらったらこちらもその流れを還流させねば。
お、そろそろ再起動ができて、デスクトップが表示されたかな。
さあ、またアクセクアクセクの始まり、始まりぃ~。

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by pivot_weston | 2009-07-31 11:54 | ブログ

今日の日経から

1面の「新興国インフラ事業拡大 
丸紅 ペルー浄水会社を傘下に 三井物産 ブラジル鉄道で300億円受注」。

新興国の生活環境を先進国並みにするには、
この分野の事業が不可欠。

壮大なマーケットが眠っているのだろうけど、
先進国並みに――と思うと、なんだか、CO2がいっぱい出そうな印象を受ける。

先進国の一歩先を行くインフラになってほしい。

まあ、四国のわたしの自宅など、
まだ下水道もついていないのだけど。

そんなところには、丸紅も三井物産も目を向けてはくれない。

5面の「社保・厚年病院に存続論」。

あら、社会保険病院や厚生年金病院が
民間に売却されることになっているんだ。

知らなかった。

病院も「かんぽの宿」と同列に扱っていいのかな?

7面の「中国で失業率上昇 大卒3割就職できず」。

あらあら、中国もやっぱりそうなのか。
なんだかもう、「共産党」という名の資本主義政党になってきたみたいだ。

11面の「グリーンインダストリー 第4部 走り出した電気自動車
日産、秘策は電池リース」。

なるほど、値の張る電池がリースとなると、
初期投資額はぐっと少なくなる。

しかし、電気自動車がふえていくと、
自動車の二酸化炭素排出量は減っても、
電力消費量はふえていくはず。

発電施設の準備はできているのだろうか?

電池のリサイクル事業の受け皿はどうなのだろう?

40面の、今日も加山雄三さんの「私の履歴書」。

「卵かけご飯の卵を妻と半分ずつ分けたりもした」だって。

あの加山雄三さんがね。
どこか受け皿の大きい人に見えるはずだ。

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by pivot_weston | 2009-07-25 19:18 | 日経新聞

真夏の宵を愉しむワイン会

ホテル西洋銀座3階のサロン・ラ・ロンドで
ルミエールの「真夏の宵を愉しむワイン会」があった。

6時半開場、7時開会に合わせて
三々五々、フランスの邸宅のサロン風に飾りつけられた「ラ・ロンド」に到着した参加者のみなさんが
フリュートグラスにつがれたウェルカム・ドリンクのルミエール・ペティヤンを手にして、
ホワイエにゆったりと配置された布張りの椅子に腰をおろし、
あいさつやらなにやらを始めていく。

おゝ、木田社長、お久しぶり!
工業デザインの分野からワインの世界に転身して一から醸造技術を学び、
カリスマ塚本俊彦会長のあとをついで、
新しい時代に即した独自のカラーを打ち出そうとしてがんばっている。

大好評の甲州スパークリング、ぺティアンを考案したのも彼だ。

ハーイ! ドレスアップしたジェニファーさんも手をふっている。
朝倉書店の星さんも。

当夜のワインで愉しむ宵は、
ガラス工芸家、由水常雄さんの作品と造詣を愉しむ宵でもある。

サロンの中央には、
由水さんが正倉院の宝物を模して造られたガラス器が展示されており、
由水さんご自身も、
その場で参加者のみなさんと話をしながら著書にサインをしておられる。

7時を過ぎると、
木田社長や、西村信子ソムリエールや、ホテル西洋のみなさんに案内していただき、
40名ほどの参加者たちが、ひとり、またひとりと、
長いひとつのテーブルの、名札が置かれた席にそれぞれ着座していく。

まずはドメーヌ・ド・シュヴァリエの白、レスプリ・ド・シュヴァリエ2000年がそそがれ、
当夜のシェフ、山口拓哉さんが料理の説明をしてくださる。

最初に出てきたのは、
「特選山梨白桃とクレソン、ルーコラをバニラと黒コショウの香る
ルミエールフレーヴァードヴィネガーと共に」。

わたしのこれまでの人生でもっともおいしかったもののひとつが、
いつだったか、塚本俊彦さんがお中元にくださった山梨・一宮の桃。
ひと口かじったとたんに、衝撃を受けるほどのおいしさだった。

そのころ、塚本さんは、それでも、
「まだまだ桃をつくる技術は岡山のほうがはるかに上ですね」
とおっしゃっていた。
でも、この日、となりに座られた奥さま、塚本レイ子さんは、
「もう山梨のほうが抜きましたね」
とおっしゃった。

なるほど。
バニラの香りが白桃の先に搭載された弾頭のように口のなかではじけ、広がる。

シュヴァリエの白にも、上級シャトーらしい貫禄のあるまるみが感じられる。

次は「赤座海老とアンディヴのポワレ、オレンヂバターソース」。

おゝ、芳ばしい。
オレンヂの風味というのは、こうも芳ばしさを引き立ててくれるものなのだ、
と感心する。

次の「鴨砂ギモのコンフィとセップ茸のソーテー
プティシェフヴィネガーで仕上げた軽い赤ワインソースとフォワグラのパルフェ」は、
そこまでの味の流れを煮詰め、ひとつの極点に集束させるものか。

次に出てきた「鯒のムニエル 万願寺唐辛子とセルバティコ、トマト、ケイパー、
オリーヴのラタトゥイユ仕立て ボンシェフヴィネガー風味」で
舌の前に広がる味の景観は一変する。

鯒の肉肌が、歯ごたえもよく、素朴で、おいしい。
いい「焼き」だ。

そして、リフレッシュされた舌に飛び込んできたのが、
「牛肩ロース肉備長炭焼き “シャトールミエール”バター添え」。

シャトー・ルミエールを煮詰めてつくったといったか、
このバターとソースの濃厚な甘みが巧みな案内役となり、
かみしめる肉のおいしさを包み込んでくれる。

ああ、おいしい。
そう思ったところで出てきた、最後の舌の整え役が
「沖縄県産ピーチパインのロースト パッションフルーツソースとココナッツシャーベット」。

コーヒーのややきつめの苦味が流れをきれいに締めてくれた。

この間、次から次へとグラスにつがれていったのは、
シャトー・ディスティーユ2000年、
シャトー・シャス・スプリーン2000年、
シャトー・ボーセジュール・ベコ2000年
の3本の赤。

でも、そのあとにトリがひかえていた。
「牛肩ロース肉備長炭焼き……」が出てきたあたりで、
大好評につき売り切れ、もう塚本ご夫妻のセラーにしかないという、
1990年のシャトー・ルミエール、一升瓶入りが出てきた。

そう、おいしいワインはできるだけ大きい容器に入れておいたほうが、
容積のわりに酸化反応を起こす空間が限られ、
長い時間をかけてじっくりと、さらにみごとなワインに熟成するのだという。

なるほど、なるほど、まるで違う。
瓶熟の前にあのシャトー・マルゴーの樽で熟成させたワイン。
複雑な香りや風味が一気に広がり、
それ全体を、あのボルドーのいいワインにつきものの、
「黄金色」という言葉を想起させる味わいの世界が包んでいる。

いや、いいワイン会。

途中で正倉院の宝物の説明に立たれた由水さんが手にもったガラス器が
サロンの照明のもとできらきらと、無数の光を放っていた光景も印象的。

初めて参加され、
わたしのとなりに座っておられた石井さん、
話べたで、いい宴の友が務まらずにごめんなさい。

木田社長も、塚本レイ子さんも、西村ソムリエールも、
山口シェフを始めとするホテル西洋銀座のみなさんも、
どうもお世話さま、お疲れさまでした。

あゝ、いいなあ、わたしも――
と思われるかたは、どうぞルミエールまで。
いつか、どこかのワイン会でお会いしましょう。

(なお、わたしは、せっかくの料理のテーブルでカメラをかまえるのが好きではないので、
ほかのいわゆる「グルメブログ」のように写真で紹介することはいたしません。
悪しからず。)

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by pivot_weston | 2009-07-25 09:07 | ワイン

今日の日経から

1面の「ユニクロ 大手百貨店に一斉出店」。

おお、デパートへ行ってもユニクロ――になるんだ。
ユニクロ以外で服を買うのが難しくなるんじゃないか――
と思うのは、ちと大げさか。

2面の「「米軍再編、修正難しい」 ライス在日司令官 民主の見直し案けん制」。

ほらほら、またすぐにわきから怪しげな口出しをするやつがいる。
もともと、現実に対処するのが仕事の軍人の司令官が言うことではない。
誰が言わせているのだろう?――と疑いたくなる。

9面の「苦境打開へ求めた称号 三菱自、背水の「世界初」」。

そう。
みんなわかっているみたいよ、三菱自動車さん。
過去の伝説は、たいてい崖っぷちから生まれている。
iMiEVを伝説の車にできるかどうか――
いまの日本でみなさんの奮闘を応援してくれる人は少なくないと思う。
がんばれ!

15面の「大機小機 官僚は原点回帰し奮起せよ」。

そう、原点回帰、というか、いつでも原点で生きていくことがだいじだと思う。
システムや制度や組織は、暮らしを外側から守る家のようなもの。
肝腎なのは、あくまでそのなかで暮らす人。

壁や屋根をつくって守っている人がそこにへばりついたら、
なかでも、生活保護制度やなにかを食い物にしたりして、
やはり壁や天井にへばりつく人がふえてくる。

これも作用反作用の一種と言えるのかもしれないけど、
そんなことになったら、家のなかはがらんどうになっちゃう。

35面の「千葉女性殺害 手配の男 沖縄で逮捕 「おとなしく目立たない」 容疑者の同僚」。

こういう報道のしかたも、もういいんじゃないかと思う。

地震と同じ。
ふだんから少しずつエネルギーを吐き出していれば、
それだけ大きな地震は起こりにくくなる。

逆に、神戸のときのように、
大暴発を起こすときには、直前に静まり返る期間がある。

ああいう犯人が「おとなしくて目立たない」のはあたりまえのように思える。
かといって、「おとなしくて目立たない」人で悪いことをしない人は星の数ほどいる。

要するに、あまり意味のない表現だと思える。

でまた、最後は36面の加山雄三さんの「私の履歴書」。

なんだか、やたらにおもしろい。

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by pivot_weston | 2009-07-24 12:29 | 日経新聞

まあとにかく……

夜、「父親」の妻、つまり、長女と電話で話をした。

家族がばらばらに離れて暮らしていると、
どうしても気になることや納得のいかないことができてくる。
なかには、いくら考えても、にわかにはどうにもならないこともある。

「まあとにかく、今日は寝ることにしようや」
最後には、そう言って電話を切った。

そこでふと、なんだかうれしいような気分になった。

ずるいのかもしれないけど、
まあとにかく、今日は寝ることにしようや――
そんな言葉が自分のなかから出てきたことに対する感懐だ。

なにはともあれ、
毎日の暮らしのなかに安息のひとときはもてるようになったわけだ。
なにより、なにより。

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by pivot_weston | 2009-07-24 12:27 | ブログ

吉行淳之介没後15年

新聞をめくっていると、
「宮城まり子」の文字が目に入った。

そこで目を止める、昔の習性がはたらいた。

週刊新潮の広告の見出しだ。

「夫が宮城まり子の元へ去った日、
遺骨となって帰った日」

そうか、吉行淳之介さんが亡くなった時期だ。

ちょうど、四国のわが家の近所でも、
農家のおじさんが亡くなり、
そこの庭先で、いっしょにお葬式を手伝う
そのおじさんと同年代のおじさんたちの話を聞きながら、
『「~かもね」は人生の素敵な知恵』という本の「訳者あとがき」を
どう書こうかと考えていたころだった。

いつか、自分も力をつけて、
堂々とお会いできる身分になり、
身辺に醸し出す空気を肌で感じてみたいと思っていた人の死は大きく、
その3年前の、やはり7月に亡くなった父と合わせ、
いくつもの重なる「死」が「あとがき」を書くモチーフになった。

白いセメントで覆われた農家の庭先の光景がよみがえり、
夕食に出たときに、さっそく週刊新潮を買ってきた。

おや、
ノンフィクション作家駒村吉重さんが伝える奥さまの話は、
吉行さんが書いていて、
一読者のわたしが理解していたものとは異なる。

奥さまはすでに『淳之介の背中』という本を出しておられるらしいが、
まだそれは読んでいない。

ということは、吉行さんは、
表に向けた作品の世界では、宮城さんを意識し、
宮城さんに対して一貫した世界を描きつづけたということか。

なるほど。
ふたつの世界を描くことは、
できないし、人にも受け入れてもらえまい。

まあまあ、いろいろあってね――ということか。
どこやら、そうして無理や無茶を強いていた奥さまへの
深いところでの結びつき、信頼のようなものも読み取れる。

都合のいい信頼かもしれない。
でも、どうやらそれは、奥さまも感じとっておられたようすだ。

達人吉行の心の底を、
見抜いていたかどうかは知らないが、
感じとっておられたかたは、いたということだ。

ちょっと寂しい気がしないでもないが、
それによって、宮城さんの存在のなんたるかも
見えてくる。

粋をきわめた作家吉行も、
結局は岡山・金川町の墓に入ったのか。

やはり、なにごとにも、
一面だけではなく、両面から光を当てる必要があるということだろう。

『淳之介の背中』も読んでみたくなった。

わたしの7月の鬼籍には、
その後、妻も入っている。

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今日の日経から

3面の「BRICs、日米を逆転 新車販売、中国がけん引」。

新車の販売台数で
BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)のほうが
日米を上回ったという。

中国やインドの経済が金融危機に陥った世界の下支えをしてくれている
と思っていたが、
それにしても、このところの両国の経済拡大はめざましい。

これほど短期間に、これほど大幅に拡大するとは。
やはり、商魂たくましい中国の場合、
共産主義の縛りでもなければ、世界が飲み込まれてしまうのかもしれない。

それにひきかえ、9面の「欧州景気 回復遅れ」。

プランテーションの栄華、いまいずこだ。

13面の「電気自動車予約 個人は31日開始」。

三菱自動車の電気自動車iMiEVを
7月31日からはいよいよ個人も注文できることになったらしい。

お代は459万9000円から政府の補助金を引いて実質320万円とか。
買った人がいたら、1度乗せてもらいたいな。

14面の「今期の単独営業益 東京製鉄90%減」。

かつて母親が勤めていた四国の鉄工所も、
どこか大手と取引があるのだろうと思って訊いてみたら、
意外にも、あまり耳にしたことのなかった「東京製鉄」という会社だった。

以来、新聞でこの名前を目にすると気になる。

27面の「経済危機下の起業論 中 ハイテク支援の強化今こそ」。

なるほど、
なぜMIT(マサチューセッツ工科大学)に世界の頭脳が集まるのか、
とてもよくわかる記事だ。

なんだ、それなら、日本のどこかにだって、ボストンをつくれるじゃないか、
と思う。

37面の、またまた豊田泰光さんの記事。

そうそう、「応援団」は大きらい。
高校野球でも、プロ野球でも、あの応援があるかと思うと、
見に行く気がしなくなる。

野球そのものに、充分に楽しめる要素がある。
それを引き出さずに、太鼓の音でにぎわいを添えるというのは、
どこか、戦後の安物Made in Japanをたたき売る心理に近いものがあるのではないか、
という気もする。

しかし、それはともかく、
今日も豊田さんの記事、
「土地の言葉は見直されるべきだと思う」の1文がきいている。

40面の加山雄三さんの「私の履歴書」。

会社の倒産でロサンゼルスに逃げた加山さんは、
1970年8月11日に、のちに妻となる松本めぐみさんとローマで待ち合わせをしていたらしい。

こういう記事は、自分の過去も思い起こさせてくれ、
どういうこととどういうことが世界の別々の場所で起こっていたかを
考えさせてくれて、とてもおもしろい。

同じころ、
わたしはあとにも先にも1度きりの家族旅行で万博の大阪へ行き、
宿がなかったので、家族みんなで連れ込み旅館に泊まり、
甲子園の高松商業と東邦高校の試合も観戦していた。
あのころのことなんだ。

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by pivot_weston | 2009-07-23 12:34 | 日経新聞

地震学者の警鐘

昨夜、四国の室戸沖の海底の、比較的浅いところで、
やや強めの地震があったらしい。

政府の地震調査委員会が
「全国地震動予測地図」を公表したばかりだ。

今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率が
全国各地域ごとに色分けされて示されているという。

2005年から毎年公表されているらしいのだが、
今年は揺れの評価のしかたが変わり、
その予測確率が大幅に変化し、
横浜は32.9パーセントから66.7パーセントへ、
大阪は23パーセントから59.5パーセントへ
大きく値を上げ、
もちろん、先の室戸沖で南海、東南海の
世界最大級の巨大地震が定期的に起こることが、
過去の歴史から見てほぼ間違いないと見られている
四国の値も高いという。

新幹線で熱海のトンネルを抜けると
相模平野が見えてくる。

大学時代に四国と仙台の間を列車で行き来していて、
ここほど断層のかたちがはっきり見えるところは
ほかにないように感じていた。

いまでは、そこにも新しい住宅がたくさん建っている。
ところが、やはり、地主の農家は平地の農地は先に売りたがらないものなのか、
住宅はわざわざその断層でできた山や崖のすそ野を選んだようにして、
断層の存在をさらにくっきりと浮かび上がらせるようにして密集している。

どうしてああいうことになるのか、と思っていた時期がある。

家主はみな、ああいうところに家を建てることの危険性を承知して
家を建てているのだろうか。
新工場を建設するときに多くの従業員の転居をともなう大企業ともなれば、
上層部に多少は地震学の知識がある人もいそうなものなのに、
どうしてああいうことになるのかと、不思議でしかたがなく、
信じられない思いで窓の外を見ていた。

経済原理か。
農村の土地は条件の悪いところから先に売れていく。

でも、そんなのはみな、
地面が揺るがない、安全な状態に限定された経済原理にすぎないのではないか。

神戸でも、震災の前と直後では、別の経済原理がはたらいた。
震災の直後にも連続性をもってつながる、もっと包括的な経済原理を
意識する必要があるのではないか。

地震学者は、こつこつと調査・研究を続け、
つきとめたことをもとに警鐘を鳴らしている。

それを真剣に受けとめない経済があり、
震災が起こると、予知体制が問題にされたりする。

予知は、できない。
予知ができれば、運動選手の疲労骨折も未然に防げる。
わかることを、わかった範囲で、用心の尾ひれをつけて伝えるしかない。

東京電力の柏崎、四国電力の伊方、
あんな、小学生の地図帳にもくっきりと描かれているような大構造線の上に
原子力発電所が建設されているのも、
新しい住宅が断層に沿って並ぶのと同じ原理だろう。

ともに世のなかを形成している一員からの警鐘は、
真剣に受けとめてもらいたいと思う。

(注: 確率の数値は昨日の日本経済新聞から引用しました。)

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by pivot_weston | 2009-07-23 09:02 | 自然

今日の日経から

選挙だ、選挙。
1面の「責任ある成長政策を」に始まり、
あちこちの面にさまざまな見出しが躍っているが、
ひとつ、間違いなく言えると思うのは、
このまま自民党政権が続いていけば、地方は死ぬ、
ということ。

実権を握れる自民党からの出馬を目指していた地方の知事もいたみたいだが、
それでは、根本はなにも変わらない。

わたしたちが暮らす地球のプレートが動いているように、
万物は変化している。

変化するのが自然な世界のなかで
変化するのを拒んでいたら、
えんえんと正座している人の尻の下で足がしびれていくように、
麻痺し、機能を失っていく部分が生じる。

長年の自民党政権の下で
地方は「しびれた足」になっている。

自分たちで考え、行動する力をどんどん失っている。

「政権選択選挙」というが、
次にどういう姿勢をとるのがよいかなど、考えている場合ではない。
地方はそれくらい生気を失っている。
変わることこそが大切なのだと思う。

かりに民主党が政権をとったとしても、
しばらくしたら、それも変え、
またしばらくしたら、それも変え、
この国の政治に「変化」という自然な流れが定着するまでには、
まだ何十年もかかるだろう。

独立国なら「変化」という自然のメカニズムをもっていなければならないのに、
アメリカの傘の下で「不変化」という不自然な状態に安住してきたツケだと思う。
この国の多くの問題は、昔から言われるこの「甘えの構造」に根差している、と思う。

「エコ」をいうなら、自然に反して変化を拒む「長期安定」こそが「反エコ」だ。

19面の「大機小機 義を貫きたければ仲間を作れ」。

なんだかわかりにくい見出しだけど、
冒頭の「ナショナリズムの時代なのか。
書店に行けば、「小泉改革」の担い手たちを売国者扱いする本がベストセラーになっている」
という2文で、なんとなくニュアンスは伝わってくる。

選挙と同じ。視野だよね、視野。
狭い視野で行っていることは、いずれ必ず修正を迫られる。
「義」というなら、なんに対する「義」か――
ということだと思う。

「小泉改革」の反省点は、もっとほかのところにあると思う。

27面の「経済危機下の起業論 「創造的破壊」の先兵たれ」。

アメリカでは、やっぱり、
経済危機になってもベンチャーがさかんなのだという。

それにひきかえ、この国は……という議論だ。

アメリカは「合衆国」。
外国では、そんな呼び名は使われていないのに、
この国でだけはその呼び名が使われているけど、
おもしろいことに、それがみごとに真理をついていて、
アメリカはまさにいろんな「衆」の「合」わさった国。

世界の縮図といえ、
広い世界を反映している分、
そこでは、広い世界にはたらく自然なメカニズムが機能している。

日本もかつてはアジア大陸からさまざまな民族が集まってきた
辺境の「合衆国」だったはずなのに、
やはりここでも独特の「安定志向」が国の機能の一部を阻害している。

28-31面の「衆院選 立候補者の予想顔ぶれ」。

こんな、新聞を4面もふさぐほどの数の政治家が、この国には必要なのだろうか。

教育は自立した人をふやすためにやっている。
自立した人がふえれば、公職者の数は少なくてすむようになる。
すまないのは、教育が機能していないからではないかと思う。

39面の「逃げず焦らず 前を向く 高橋大輔」。

ああ、いいなあ、こういう記事。
原真子さんという記者の作。

フィギュア・スケートの高橋大輔選手の姿が急に見えなくなったな、
と思っていたけど、右ひざ靱帯断裂を起こしていたんだ。

高橋選手の心のなかに深く、うまく入り込んで、
その幸を祈る愛情をもって書けている。

高橋選手には、スポーツの競技を超えて訴えるものがある。
こういういい記者に囲まれているなら、
ぜひまた復活して、それを感じさせてほしいものだ。

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by pivot_weston | 2009-07-22 16:45 | 日経新聞