カテゴリ:映画・ドラマ( 15 )


ジャブジャブタップ

 久しぶりに爽快感。

 昨夜、チバテレビがなにかの記念企画で『雨に唄えば』をやってくれていた。

 まあ、そういうものだろうけど、まだ幼かった自分の子どもたちに「おい、おまえら、これは見とけよ。これは絶対見ておいたほうがええからな」と言って勧めたまさにその瞬間から、実は内心、ちょっと古さを感じだした。だから、気に入った子どもたちがもう一回見ようとしていても、まあ、こっちはもうええわ、とパスしていた。ああいう感動はやはり一回性のものかな、とも思っていた。

 でも、ゆうべ、ちらりと目をとめて、見はじめたら、ひそかに恐れていたその「古さ」を感じずに最後まで見ることができた。やはり、ジーン・ケリーはすごい。もしかしたら、技術的には相棒のドン・オコナーのほうがもっとすごいのかもしれないけど、あの、自分の体の動きを見る者の視点でコントロールしているところがすごい。プロなら、そんなのあたりまえなのかもしれないけど、ほかの出演者や、あの映画以外でタップやなにかを見せてもらった人にも、あの人みたいに、あれ、この人、こっち(わたし)の視点で踊ってる、みたいに思わされたことは一度もない。たとえば、フレッド・アステアなんかでも、うわあ、うまいなあ、とは思わされても、それはそれでアステアの世界におさまっていて、ジーン・ケリーみたいに、たとえば、ふつうに踊ったら、別に脚の形が三角になったりしないようなところでも、そこで三角にしたら、見ている人が驚くぞ、あるいは、すかっとした爽快感を感じてくれるぞ、だからちょっと無理して三角にして見せてやろう、でも、無理してがんばっているように見えたらなんにもならないから、絶対に、ただ楽しく踊っているだけのように見せよう、と思っているようなところを感じたことはない(しかも、ジーン・ケリーのその「三角」のような表現は、見る角度が少し違ったら、「三角」に見えないもの、つまり、見る者の視点ジャストに送り出している表現だというところがまたすごいんだよね)。

 はじめて見たのは中学生のとき。暴力的な雰囲気の立ちこめる息苦しい学校から帰ったとき、まだUHFの地元テレビ局が開局したばかりで、流せる番組がろくになかったからだろうが、毎日昼間から洋画劇場をやっていた。それをほぼ毎日見ていた。ジェリー・ルイスも、コニー・フランシスも、ウィリアム・ホールデンも、よく出てきて、そういう人の映画には、あ、なんや、またこの人の映画かあ、と思いかけたころ、その洋画劇場ではあまりやっていなかった歌ばかりうたう映画、つまり、ミュージカルがはじまった(そんな呼びかたは、まだ知らなかった)。

 見入った、見入った。で、見入った末にすっかりあの映画の世界にはいり込んでいたときに見せられたのが、例の、あの、雨のなかでのジャブジャブタップ。もうも、ウホッ、ウホホ、ウォーッという言葉しか頭のなかにも出てこなかった。そうや、そうや、雨に濡れるというのは気持ちのええものなんや、とも思ったか。実際には、そうではなく、雨なんてへっちゃら、という精神状態、うれしくてうれしくてしかたのない精神状態というものがあって、そういうときには、さわやかな秋晴れのなかで踊るより、雨という反対の要素があったほうが、逆にそれが刺激になっていっそう内面が高ぶるものなんだ、映画を見るお客さんにもそういうところを見せたほうがよけいに高ぶってもらえるものなんだという計算があってのシーンだろうが、んなもの、田舎の中学生には冷静に解釈する器量もなくて、ジーン・ケリーさんがあの歩道の縁石のところを、ジャブ、カツッ、ジャブ、カツッ……と、別にさしててもさしてなくても関係のない傘をさして、上体を揺らしながらジャブジャブタップで進んでいくところなんか、もう完全に頭がポーッとしていて、おまわりさんににらまれて、ぶつかりそうになった通行人の人に傘をあげて歩き去るあたりでは、もうじっとしていられなくて、おれもいますぐなにかをしなきゃ、と思い、あとを見ていられないほど興奮していたのを覚えている。

 それを、昨夜は、にやにや、にこにこと、穏やかに、頬をゆるめながら見た。これがたぶん、45年ほどの人生の時間のなんたるか、ということになるのだろう。でもなあ、またやっぱり感じてしまった。昔といまじゃ、「かっこいい」のイメージがまったく違う。昔は、なにも持たないのがかっこよかった。もちろん、靴はピカピカ、髪はテカテカでもいいけど、ポケットのなかはふたつ折りのお札が4、5枚程度で、あとはハンカチとタバコくらい。ぷらっと風まかせに生きているのがかっこよかった。機械なんて持って歩くのはいちばんかっこの悪いやつのすることだったのに、変人のジョブズに染められちゃったせいか、いまではみんなが機械を持って歩き、しかも、四六時中、彼女と会っていてもその機械に目を釘づけにしていたりする。まあ、わたしもそんななかのひとりになっているからなにも言えないかもしれないけど、久しぶりに『雨に唄えば』を見たら、おい、みんな、街にはワンダーがいっぱいなんだぜ、と言いたくもなった。

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仕事や組織のご都合より人間様のご都合が先

 テレビ東京で『釣りバカ日誌14 お遍路大パニック』をやっていた。

 子どもたちの影響で、幼いころの彼らといっしょに何作か見たことはあるが、そんなに自分から見たいと思う映画ではない。

 でも、今日、見はじめたら、冒頭のあたりで、そうか、表題のような精神がこもった映画だったな、ということを思い出し、つい最後まで見てしまった。

 いまではラテン系の社会もゲルマン系の慣習に染まっているのかもしれないが、子どものころに伝え聞いていた、仕事があっても昼寝が先、みんなでゆっくり食事をとるのが先――というような、かつてのラテン社会のありかたがとてもいいと思っていた。

 でも、今日、そんな精神がこもっていたような記憶があり、また現に、今日の作品にもこもっているように思えた『釣りバカ日誌』を見ているうちに、なにか妙な気分になってきた。

 こんな映画が22作もつくられながら、その22作をつくらせた世のなかのほうはどうなっているのだろう。逆の方向へ向かっているのではないか、という思いが頭をかすめた。

 このシリーズは、そこにこもった精神を伝え、広める方向には作用せず、そんな精神をいいと思いながら、現実には発揮し、楽しむことのできない人たちの気なぐさみ、あるいは偶像のようなものとして存在してきたのだろうか。

 つくっていた人たちは、それでも満足できたのだろうか。

 勝負せなアカン。「仕事があっても昼寝が先」は、言葉の表面的な意味ほど怠惰な生きかたではなく、逆に、とてもハードな生きかただと思う。そして、それが、冷たい雨霰にさらされている人たちに少しはやわらかい風を吹かせ、いま膨大に生産されているむだを少しは省く生きかたでもあると思う。

 ほんとうに世のなかに吸収され、消化されているとしたら、もっともっと大好きになれそうな映画なのだが……。

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外道の刺激

幼稚園にはいってから高校を卒業するまでずっといっしょで、
住んでいた地区もいっしょで、名字もいっしょの人と
メールを通じて対話をする機会があった。

大西和孝くん。
『来んかい!?! Come on baby』という映画をつくり、
さぬき映画祭で審査員特別賞をとったらしい。

意外だ。
ずっと優等生。
いまでも「優等生」という言葉を聞くたびに
和孝くんの姿が脳裏に浮かぶくらいの優等生。
責任感も強く、
学級委員や生徒会役員や剣道部の部長などもしっかりこなしていた。

映画にせよ、なんにせよ、
ああいうものは、ちょっとよじれたり、もつれたり、こんがらがったり
したところから生まれてくるように思っているので、
第三者から彼が映画で賞をとったことを教えてもらったときには、
えっ、なんで?――と思ってしまった。

でも、メールで映画に取り組むようになった動機を教えてもらうと、
本を出したり新聞に記事を連載したりしていたわたしの活動が
刺激になったのだという。

あらっ。

わたしは自分を和孝くんのような人とは別世界の住人だと思いこんでいた。
成績はけっこう五分五分のところはあったけど、
彼とは正反対で、やることなすこと、
先生が怒るようなことや困った顔をするようなことばかりだったし、
とにかく、まわりから、
なにを考えとるのかさっぱりわからん、と思われるような子どもだった。

で、そのまま大人になり、
そういう人間はなかなか楽には食べさせてもらえないのが世のなかだ、
ということをさんざん思い知らされながら、
それでも難儀な自分の内面をそうやすやすと変えることができずに、
細々、かつかつと、たえず飢えそうになりながら食いつないできた。

なのに、そんな活動が、はた目に見ると「刺激」になることもあるとは。
あゝ、がんばって生きてきてよかった、と思わないでもないが、
まあまあ、これはあくまで和孝くんのわたしに対するリップサービスだろう。

彼が教えてくれた「動機」はもうひとつあり、
そちらのほうは、いってみれば、「50すぎの男ども」の寂寥感だ。
(7月6日の記事参照)

ふむふむ、なるほどなるほど、やはり創作の源は、
ちょっとしたよじれや、もつれや、こんがらがりにあるのだ。

ともあれ、この和孝くんの受賞作『来んかい』、
この7月17日に横浜市西区の西公会堂で上映会があるらしい。

基本的には、わたしたちの高校の同窓生中心の集まりらしいけど、
ご興味がおありのかたは、わたしのWebサイトからメールをください。
世話人のかたにかけあってみます。
直木賞作家の同窓生、芦原すなおさんも来られるかもしれません。
(和孝くんの映画でもわたしたちの高校がロケ現場になっているみたいだけど、
芦原さんの直木賞受賞作『青春デンデケデケデケ』の映画版でも、
大林宣彦監督がモロ高校を舞台に撮影を行っていて、
わたしが先生から注意を受けていたクスノキのわきに浮かぶ職員室で
岸部一徳さんやだれかが演技をしているのを見たときには
なにやら不思議な気がしたけど、
ほんと、よく映画に登場する学校です。)

しかし、考えてみると、
和孝くんとちゃんと対話をしたのはこれが初めてではないか、
とも思った。
よし、彼がこちらを刺激にしてくれたのなら、
こちらも彼を刺激にするとしてみよう。

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八日目の蝉

NHKで夜なかにやっていた
角田光代さんというかたの原作の『八日目の蝉』
というドラマを見た。

テレビドラマを見ることはほとんどないが、
見るとたいてい見入ってしまうか。

3話続けてやってくれたので、
興味が日々の予定やなにかで擦り切れることがなかったのもよかった。

しかし、ベッピンさんやね、
主役を演じた檀れいさんという役者さんは。

どっかで見た人やなあ、と思いながら見ているうちに、
あゝ、あのビールのコマーシャルで
ビリビリくるようなものを発散していた人か、
と思い出した。

暑い。
汗が出る。
喉がかわく。
そこで、さらさらした笑顔で待ち受けるビール。

制作者の意図がわかると、
見るでもなくコマーシャルを見ているこちらの目の焦点はうつろなまま。

ところが、その笑顔の目もとだったか、口もとだったか、
どこかから発散されていたclicheの枠におさまりきらないものが目にはいると、
まるでその画面のなかの人が自分ひとりに語りかけているような気がして、
たちまちにして、目の前を通りすぎるコマーシャルの映像が
名残惜しいものになった。

で、もう一度見たいと思う。
まんまと、ビール会社の思うツボかどうかはわからないが、
コマーシャル制作者の思うツボではある。

そんな女優さんが、がんばって演じていた。

昭和のいつごろかにあった事件を下敷きにしているように思える話だ。

つきあっていた妻帯者の子どもを誘拐して
(前半は見ていないので、はしょるが)
眼前に瀬戸内のおだやかな海がひろがる小豆島に逃げる。

仕掛けや道具や技術が昔のドラマより充実しているので、
きれいな作品に仕上がっている。

しかしなあ、
登場人物の感情がありていに思えるし、
いちいちいわなくてもいい説明的なセリフもところどころに交じるし、
檀さんと岸谷さんが抱き合うシーンで、
そばにいる女の子にさせていた演技にも、
う~む、もちょっと違うリアクションがあるだろうと思うし、
なんといっても、小豆島が属する香川県の県民だから、
方言がなあ――と思う。
(昔の芦原すなお原作・大林宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』
という映画を見ていただきたい。あの映画の方言は完璧だ。)

でも、やはり、女優さんの魅力というのは大きい。
それをちゃんと引き出していたのだから、
制作者もたいしたものといえるのだろう。

個人的には、やはり吉行和子さんにもずいぶん注意を奪われた。
お兄さんの著作物を通して、おかっぱ頭のころからの写真を拝見している。
そうした時間が重層された演技には、また作品とは別の味わいがある。

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『ダンボ』初体験

2日続けて『ダンボ』を見た。

55歳にしてはじめて見る『ダンボ』だ。

自己抑制がそれほど強くなく、
素直に好奇心を発露してきたかたなら、とっくに見ているのかもしれないが、
わたしのように自己抑制が強い人間には、子どものころや若いころに、
(仁和寺の和尚式に)うわっつらだけを見て素通りしたものが多く、
これもそのひとつといっていい。

アメリカでは1941年10月23日公開。
日本軍による真珠湾攻撃のひと月半前。
猪瀬直樹さんの『昭和16年夏の敗戦』によると、
視野狭窄に追いつめられ、戦うしかないという判断に立った東條さんたちが、
最後の外交交渉の余地を残すかどうかでもめていたころである。

いまや初老のわたしにしても想像するしかない時代だ。
これだけの動画をつくるには、
恐ろしい労力の集約が必要だったと思われるが、
全編を通して技術的な制約のために妥協したように見える
シーンはほとんど見当たらない。
想像力が奔放に発露されており、
おそらく、描きたくなったシーンをかたちにするために
惜しみない労力が投じられたのだろう、
としか思えない。

ウォルト・ディズニーの作品は、
比較的手近で見られるようになった時期と大人になる時期が重なっていたし、
20年ほど前に、ある会社の求めで伝記を書くことになったときに、
作品とは直接関係のない彼の私生活上のいろんなことを知ったので、
ちゃんと見ているものはほとんどなかったが、
これはすごい、これはもう芸術作品じゃないか、と
感心しながら見入った。

ほんと、うわべや入口の知識や印象だけで判断していると
見ずに過ごしているすばらしいものがたくさんあるような気がしてきた。

若いころには、文字の世界で吉行淳之介さんの世界や息遣いに心酔し、
吉行さんの作品を年代を追って残らず読もうとしていた時期があったが、
ウォルト・ディズニーの世界も、
年代はともあれ、もっともっと見てみたいという思いが湧いてくる
鑑賞体験だった。

もしかすると、
年をとってから見たほうがウォルト・ディズニーのすごさがよくわかる
といえる作品でもあるかもしれない。

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ゲゲゲのなつかしさ

『ゲゲゲの女房』の女房さんには、感心する。

なんであの「呼吸」がわかるのだろう。

昭和50年代のあの歳のころの女の人ならわかるけど、
いまの時代のあの歳のころの女の人なのに、
どうしてあの「呼吸」がわかるのだろう。

水木さんがテレビを買いに行こうとして、
テレビを買いに行くともいわずにお金を出してといったときの、
あの呼吸、お金の出しかた、
すべてが完璧にそのまんまだった。

ものすごく時代状況の読める女優さんなんだろうか。

あ、待てよ、わたしたちも水木さんとは時代がずれているか。
たしか、『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめて見たのは、
小学校の高学年のころだったように思う。

ということは……、
ん、待てよ、どういうことだ。

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哀惜・大原麗子さん

「カムバック」3題のあとに書くのは無神経で失礼なことかもしれないが、
女優の大原麗子さんが亡くなったことが
テレビでさかんに伝えられている。

わたしにとっても、「いいなあ」と思っていた女優さんのひとりだ。

甘ったるい声を出し、しゃなりしゃなりと身を動かすので、
最初のうちは、きれいな人だとは思いつつも、
あまり興味をひかれなかったが、
27年ほど前、TBS系で放送された『さりげなく憎いやつ』
というテレビドラマを見て、認識が変わった。

あのドラマには、
岩城滉一さんという、当時は「暴走族上がり」という触れ込みの、
ややワイルドな俳優さんが出ていた。
そのワイルドな俳優さんが、ごくごくふつうの素朴な青年
のような表情やしぐさを見せるところが
あのドラマのミソのひとつだったと思うが、
岩城さんのなかに眠っていたそういうところを上手に引き出していたのが
大原麗子さんだった。

「甘ったるい声」と「しゃなりしゃなり」に惑わされて、
それまでは大原さんの演技をちゃんと見たことがなかったのだが、
よく見ると、とても細かいところに計算や意図やひらめき
のようなものが感じられる女優さんだった。

ほんの少し、ちょっとしたところに、
ジャズなどで言う「インプロヴィゼーション」のようなひらめきが感じられ、
目の前に、演技をする女優さんではなく、生の人物がふっと浮かび上がるような
印象を受けたのだ。

今朝ほどからの哀悼報道をちらちらと見ていても、
なるほど、と思うことが語られている。

もったいない人だ。

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マッドメン

前にも紹介した、
フジテレビの深夜枠で放送されているアメリカのドラマ
『マッドメン』がおもしろい。

あそこに描かれているアメリカの1960年代は、
わたしたち日本の子どもたちが
自国の一部のようにして仰ぎ見ていた世界だ。

とにかく、出てくる人、出てくる人、
ほとんど全員が、タバコをスパスパやっていたりして、
まだどこの建物にもすき間風が通っていた時代のにおいが
なつかしくよみがえってくる。

アメリカはあれからいろんな時代をくぐり抜け、
「強いアメリカ」から「悩めるアメリカ」へと変化していった。

その予兆のようなものが、
俳優たちの演技の端々に見える。

制作スタッフたちが、自分たちの過去を振り返りながらつくっている
のがよくわかる。

わたしのようにアメリカのテレビドラマで育ち、
いまは深夜に起きているのがしだいにきつくなっている人間としては、
こういうドラマをまた日本のゴールデンで流してくれないものかと思う。

いま、日本のゴールデンで流れている番組はつまらない。
とくに、学校で意味もわからずに丸暗記させられていたような知識を
同じように表面だけ切り売りしているようなクイズ番組はつまらない。

スタッフがうわっつらだけの受験勉強で育ってきたような人だから
ああいう番組ができるのだろうか。
受験の技術というのは子どもの技術、つまり、未熟な人間の技術だ。
そういうものを売りにした番組が、
国民の多くがひと息つく時間に流されていることを考えると、
やはり国全体が幼児化しているのか、と思ってしまう。

受験の知識なんて、そんな、ガキのものは、わきに置いておこうよ。

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田中千絵さんのインタビュー

前にちらっとフライングでお知らせしましたが、
台湾でブレイク中の日本人女優、田中千絵さん
われらがチンさんの吟品でのインタビューの
放送日時が確定しましたので、
あらためてお知らせしておきます。

7月7日火曜日夜11:30、
BS日テレの「C-POP WORLD 恋し☆チャイナ!」という番組ですね。

田中千絵さんも、
お見かけしたときに「おゝ」と思わず息をのむ
オーラの持ち主でしたね。
どうぞご期待ください。

ちなみに、田中千絵さんは、
メイクアップ・アーティスト、トニー・タナカさん
娘さんだそうです。

いまも、せっせと目覚ましをかけて早起きをして、
NHK教育の「テレビでフランス語」
「ジェニファーの家庭料理 “Que c’est bon !”」を見たところ。

ふふ、少し緊張してたみたいだけど、
ま、公共放送だもの、無理はないか。
でも、ジェニファーさんの魅力はちゃんと出てましたね。
Bravo! Bravo!

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久々にいいドラマを

ふだん、テレビは見ても、ドラマを見ることはなかったが、
つけたときに取調室のシーンが映り、「オバラ」の声が聞こえたので、
見てしまった。

吉展ちゃん事件の衝撃の大きさは、お若いかたにはわからないだろう。
また、もしかすると、わたしたちより上の世代の人にも、
それほど実感はなかったかもしれない。

わたしより3歳下の男の子。
「ユーカイ」という言葉を聞いたのも、あのときが初めてだった。

わたしは小学1年生から2年生になるころ。
事件が起きたのは東京で、
わたしが住んでいたのは四国だったのに、
学校からの帰り道の、田圃のなかにぽつんとお地蔵さんのお庵だけが建っているあたりで
知らないおじさんが道を歩いていると、緊張した。

まだテレビ草創期といってもいい。

毎日『ブーフーウー』を見て、
3時になるとコロンビア・トップ、ライトが東京タワーからやっていた
『タワー・バラエティー』も見て、
黒柳徹子さんの『魔法のじゅうたん』も見ていたので、
長くテレビのない時代を過ごしてきた大人たちより
はるかかなたの東京を身近に感じていたのかもしれない。

また、夜になると、そうして身近になっていく東京から入ってくるニュースを聞いた
大人たちの交わす会話を耳にして、
よけいにあの事件を身近に感じていたのかもしれない。

いいドラマだった。
テレビ朝日の開局50周年記念のドラマらしい。

渡辺謙さんの、年をとってからの平塚八兵衛さんが
いつのまにか、写真で見た八兵衛さんそっくりになっているのを見たときには、
謙さんの役者としての力量を見せられた気がした。

また、ここまでいい役者さんを使うか、と思うほどいい役者さんがたくさん出ていた。

制作者の意図もあるのだろうが、
高橋克美さんの末期がん患者としてのメイクや声の出しかたには、
あとひと工夫があってもよかったのではと思わないでもなかった。
それに、病室のカーテンとレール、
あれは、東京ではすでにあの時代からあったものなのだろうか。
あと、出演者の髪の長さやワイシャツや背広の襟の形なども、
日本のほかのドラマほどではないが、ほんの少し、はて、と思った。
吉展ちゃん事件のころは細いネクタイにし、
八兵衛さん引退のころはぶっといネクタイにしてもよかったかもしれない。

いつも、日本のドラマで悲しくなるのは、
あのセットのチャチさだけど、
それは、ロケを張れるような場所を残していない視聴者の側の責任でもあるのかな。

小原保役の萩原聖人さんの表情にも、
小原保や永山則夫に通じるものを見てみたかったけど、
やはり、それは、豊かになってからの時代を生きてきた素直な役者さんたちには難しいのかもしれない。

でも、「落ちる」シーンの萩原さんの演技は、
ご自身の人生経験もほの見えて、とてもよかった。

日本のテレビドラマも、すべてこれくらいの水準なら、
もっと見てみたい気がする。

生き生きしていた役者さんたちの姿を見ると、
やはり力いっぱい創作に打ち込むというのはいいことなんだな、と感じた。

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