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カテゴリ:ワイン( 16 )


幸せのレストラン「ゼルコバ」

 つまるところ、わたしはこういうものを読むのが好きなのかもしれない。

 このところ、ある人が書いた記録を読ませていただいている。注文を受けて書いたものではない。仕事で求められて書いたものでもない。でも、まぎれもなく仕事の記録。仕事のうえでの、さまざまな人との交流の記録。その人が毎日出会う人にどのように接しているか、その内面の姿勢がにじみ出ている。

 大学時代、わたしもレストランのウエイターをやったことがあり、クールにお客さんの心に寄り添う主任の仕事ぶりを見ているうちに、そのまま接客のプロになりたいと思ったこともあった。たしか、別冊文藝春秋で世界のホテルの特集をしたことがあり、そのなかに、イタリアのコモ湖のほとりのホテルマン学校に通う日本人青年のことが紹介されていて、ああ、いいなあ、おれもあんなふうに……と、若者らしいあれもこれもの夢のひとつにコモ湖のほとりを思い浮かべながら、ときどき、お金をためては仙台の静かな住宅街にオープンした隠れ家的なレストランに通い、ふむふむ、ワインは……などとそのお店の人と話をしながら、青二才の頬を赤く染めて、いい時間、いい人生というものを考えていた。

 そしたら、おもしろいもので、これまた若者らしくあっさり宗旨替えをして、上京して文字を書く仕事をめざしていたら、ある日、お世話になっていた出版社の編集者の人から「お~い、本づくりの手伝い、やんねーか?」という声がかかった。あら、おれのことなんて、まだ四分の一人前程度にも認めていないくせに……とは思ったが、聞いてみると、「ワインの本なんだけど」という。「あら、それ……」もちろん、あとの言葉は飲み込んだ。だって、言うのもはばかられる程度の「愛好」でしかなかったから。

 でも、内心、鼻息の荒くなる内なる馬の手綱を引きながら、その本を出そうとしている人のところへつれていってもらい、お会いしたのが甲州園、そう、いまのルミエールの会長、塚本俊彦さんだった。

 恰幅がよくて、怖そうな人。でも、ワインをつくる人なんて、そうでなくちゃ、という期待もあった。わたしの場合、ワインの世界に対するあこがれは、頑固で人を寄せつけなかった指物師の祖父の職人の世界に対するあこがれにオーバーラップしていた。

 うれしくなって、当時はアパート代も満足に払えない稼ぎしかなかったのに、本づくりの作業で紙をひろげなければならなくなると、近所で作家が執筆の場にしていた旅館を見つけ、庭に面した広い部屋を借りて、そこの大きな座卓にきれいな赤ワインの写真がならんだ本をひろげ、ワインの世界を満喫した。そんなことでは、さぞかし奥さんはカンカンだったのでは――と思われるかもしれないが、こういう亭主にはそういう妻がいるもので、毎日夕方になると、1歳になったばかりの長女の手を引いて、にこにこしながら「お弁当だよ」と言って陣中見舞いにやってきて、まあいいよ、お金はないけど「楽しい」がいちばん、なにがあってもいまを楽しもうと、みんなで能天気に暮らしていた。

 家族みんなでワインづくりの世界を思い描いていた。ロサンゼルスオリンピックのころで、果物屋で買ってきたぶどうをイーグルサムの絵のはいった容器に詰めて、毎日、もうワインになったかなあとのぞいていた。かと思えば、ワインの本をつくるなら、やはりワインを飲んどかなきゃ、というわけで、デパートで1万円で売っていたマルゴーを買ってきて、どれどれと飲んで、ふむ……と顔をしかめていたら、わたしより1万円の価値が50倍くらい小さい大金持ちのデザイナーの奥さんに「はは。1万円のマルゴーなんて、飲んでてどーすんのよ」と笑われたこともあった。

 結局、塚本さんの本は『ザ・ワイン』という、この上なくきれいな本になって仕上がったが、でも、所詮、文章の世界を「ここ」と定めたわたしにとっては、ワインの世界も、料理の世界も、サーヴィスの世界も、みんなとても興味はあるけど、遠い世界なのだと観念し、ルミエールのようすをずっと遠くから拝見してきた。でも、そこに、このところ、なんかいい感じの、志ある人たちが集まってきている。

 農場担当の小山田さんは、亡くなった児玉清さんのようにドイツ文学の世界からワインの世界にはいってきた人。入社したころから、塚本さんが会うたびに「彼はよく勉強している」「彼はよく勉強している」と何度も力をこめて話をしていて、たまにルミエールのワイナリーにうかがったときにちらりと姿を拝見しても、ぶどうや畑に対する愛着や愛情が伝わってきた。

 ムッシュー・ツカモトのあとを継いだ木田社長は、子どものころから、ムードや空気に流されず、(ま、永田町界隈ではだいぶいたずらもしたみたいだが)自分がこうと思ったことを曲げない性分をもちつづけ、それがゆえに淡々と、古代の山梨の首都、一宮の土から育ってくるものと素朴に向き合い、そこから生まれてくるものを素直に表現するのが最善のことと信じ、新しい国産ワインのムーヴメントを起こそうとしている。

 そこへ今度は、ワイナリーレストラン「ゼルコバ」ができ、都心のオシャレなホテルのフレンチのシェフ、広田さんが加わった。この広田さん、自然の滋味豊かな土佐で育ったせいか、実際には「食のオールラウンダー」で、フランス料理はもちろん、スロベニアの料理と接しても旺盛な好奇心を発揮してさらりとそれを吸収し、いまではすっかり、山梨の食材の豊かさ、おもしろさに夢中になり、ルミエールのワインとの取り合わせにそのセンスをはたらかせている。

 で、そこへ、そう、冒頭に書いた「記録」の書き手、「ゼルコバ」のマネジャー、佐野さんも加わった。ああ、こういう人にサーヴィスしてもらったら、お客さんは幸せだろうなと思う。

 ぶどうができて、ワインになり、その地でとれた食材と合わせて、おいしく、楽しく味わう。その最後の「楽しく」の部分に、みんなが少しずつ、それとなく気を配ることで、お客さんも一体となった、みんなのいい時間ができてくる。なんか、若き日にそういう世界への思いを断念したおじさんがうらやましくなるような世界が「ゼルコバ」にはできつつある。

 でも、この「ゼルコバ」でひとつ忘れてほしくないことがある。いま、このレストランが建っているのは、明治の文明開化期からワインづくりをはじめ、戦前・戦中には日本のワインの何割かを生産していた甲州園の創業家、降矢家の屋敷が建っていたところ。お母さまの実家だったそこへ、少年の塚本さんが夏休みや疎開で来ていたころ、離れでひとり書き物をしていた人がいた。

 ワイン好き、お酒好きの人のなかには、ご存じのかたも少なくないだろう。かつて日本の「お酒の神様」「醸造学の神様」と言われた坂口謹一郎さんだ。若き日の坂口さんは、よくそうして降矢家に逗留しては、離れで論文を書き、夜は降矢家の当時の当主、巨人・虎馬之甫(こまのすけ)さんあたりと一升瓶のワインを飲んでいたという。そう、「ゼルコバ」は、かつて「神様」がワインを飲み、考えていたところ、言ってみれば日本ワインの「聖地」なのだ。そんなところで、ぶどうのこと、ワインのこと、料理のこと、サーヴィスのことに心を砕き、自分がやりたいと思うことに打ち込んでいる人たちがいる。かつて「神様」の頬を撫でた風を肌に感じながら、そういう思いのこもったワインや料理を、思いのこもったサーヴィスで味わっている人たちは幸せだ。


by pivot_weston | 2012-05-16 18:35 | ワイン

新年会

 久しぶりに富士山を見てきた。

 東側の稜線だけが縁取りをしたように雪をかぶっていなかった、ように見えた気がしたが、あれは錯覚か。

 上野原や大月あたりの山々のあいだにのぞく富士山。

 中央高速はいつになくすいていたらしく、のっけてくれたサクライさんのシトロエンはぐんぐん走る。

 若いころからほとんど組織に属したことがなかったので、新年会なんてイベントにはほとんど縁がなかったが、今年はやりかけたことの縁もあって出かけていった。

 いつものことだが、山を抜け、眼前に甲府盆地がひろがるときの気分は、悪くない。

 新年会とはいえ、会場はワイナリーのしゃれたレストラン「ゼルコバ」。樹齢900年の折れた巨大ケヤキの木の幹が残っていて、店名「ゼルコバ」も「ケヤキ」を意味する。

 ふだんは裏方でワインをつくっている人たちがフロアを囲んだ。その中心には、シェフ・ヒロタとシェフ・ハシノクチたちがつくり、マネジャー・サノたちが用意してくれた、食欲を刺激するものの数々。

 素朴な表情のワインをつくる人たちが、子どもも交じって、それをどんどんたいらげていく。

 うん、うまい。おいしい。でも、アチャ、齢56の胃袋が刺激された食欲を裏切る。

 お肉や魚や、ほとんどなんでも好物といえる無節操男の好物を欲にまかせてぱくぱく食べていたら、あっという間におなかがプックリ。そこへワインが1杯、2杯と流れ込んできたら、もう夜型生活者の睡眠不足の頭には、マイクロ睡眠の波状攻撃が襲ってきた。

 あとは、目の前で話をしている人の話もマイクロ睡眠に脈絡を寸断され、目をあけているのがやっと。

 おいしかった。なごやかだった。つかれた。

 でも、サクライさんのシトロエンに3人で乗り合わせ、東京についたときに、ひとり、またひとりと「おつかれさまでした」と言っておりていったときの光景、気分は悪くなかった。

 ワインに生きる人たちの集う山梨・一宮のしゃれたレストラン「ゼルコバ」、おすすめだ。 


by pivot_weston | 2012-01-15 21:57 | ワイン

テイスティング初体験

 もう25年ほど前から、ずいぶん長くワインに関係する仕事をさせてもらってきたが、昨日はじめて、テイスティングというものにも参加させてもらった。

 国産ワインの評価が世界的に上昇しているらしい。うれしいかぎり。そうこなきゃ――と思う。ワインも、人が手作業で生み出してきたもの。結果ばかり、できあがったブツの画一的パラメータの評価結果ばかりが味わいのすべてではない。

 指物師だったわが家の祖父が生み出していた指物にも、全国的な名工の作品をもってきてわきにならべたところでかすむわけではない味わいがあった(あるんだよね、「あ、この面取り、おじいちゃんや」と思い、家族には味わえる味わいが)。それを、世間の人がいう「一流」でないからダメだといって否定していたら、あっちにも、こっちにも、そういうところがあるものに、上からバサッと目隠しの布団や毛布をかぶせるようなもの。

「ようやく日本のワインもふつうに評価されるようになったということですよ」若い後継者は、国産ワインの評価が世界的に上昇しているわけを、そう説明した。外国のワインと比較して国産ワインのことを「こういう繊細なワイン」とも表現した。

 国産ワインも、長く自らかぶってきた布団や毛布をはいで、ありのままの自分を見せられるようになったということか。目隠しをはぐと、案外、外国の人にも日本ワインのよさが見えてくる。日本人が気づいていないよさも見えるかもしれないし、日本人が日本のワインをいいと思って飲んでいる姿を「いい」と思うことだってあるかもしれない。日本人がもつといわれる「やさしさ」「繊細さ」「礼節」といった特質をワインという農産物から読みとってもらい、それがいまの世界に求められるものとして歓迎されることだってあるかもしれない。人がつくり出すものはどれもみな、そうしてトータルで評価されるものだと思うし、ただ旧来の世界の流儀に従って、おずおずと遠慮がちにできあがったブツの画一的パラメータばかりで自分をアピールするのではなく、自分の存在のすべてをありのままに表現していくことが、世界に伍してあるということ、世界の一員として世界に貢献できる存在として生きていくということだとも思う。

 先代は、国産業界が自らかぶっていた目隠しの布団や毛布を突き抜けるものをつくり出そうとして、世界から高い評価を勝ちとってきた。若い世代はそうすることが立派であることを十分に承知しつつも、自ら目隠しをかぶる姿勢の不自然さに気づき、プレーンで素朴な気持ちでワインづくりにとりくむ姿勢を身につけてきた。

 どちらもいい。時間がたち、わたしたちが前へ進んでいるということだと思う。わたしのテイスティングは、つまるところこういうものになってしまう。


by pivot_weston | 2011-11-11 08:20 | ワイン

ワインについて

 久しぶりに、山梨のルミエールまで行ってきた。

 盛夏のころには、青々とした、これ以上の生命力の横溢があるかと思えるほど葉っぱをいっぱいにひろげるぶどうの木も、その葉っぱを縮めて来年を迎える準備にはいっていて、畑のほうはややわびしさを感じさせる季節になっていたが、この自然界の生命力というのは、そうなっても決して絶えたり消えたりするものではなく、必ず躍動し、還流している。畑がわびしくなる季節には、夏のあいだにそこで躍動していた生命力が人間の手で収穫されて屋内に移り、食卓がにぎわってくる。去年オープンしたルミエールのレストラン「ゼルコバ」(ルミエールのシンボル、樹齢1000年になんなんとする「ケヤキの木」を意味する名前)も、そんな季節の移ろいを思わせるにぎわいを見せていた。

 個室では、休みを利用してやってきたベテランソムリエの平井さんをはじめとするホテルオークラのソムリエグループが、白いクロスの上に美しいチューリップグラスをたくさんならべ、にぎやかにワイン談義をくりひろげていて、わたしもマダム・ツカモトといっしょにそこに混ぜてもらった。

 マダム曰く、「ワインを楽しむ秘訣は“いたずら”」とか。

 さっそく白ワインを1本出してきて、「さて、このワインはなんというぶどうの品種でできているでしょう?」とやって、いならぶソムリエたちを相手にその精神を実践している。

 こちらは、長く出入りさせていただいているので、すぐにピンときて、あの品種はちょっと、いくらソムリエさんたちでもわからないだろうと思っていたら、案の定、というか、マダムのねらいどおり、「……かな」「いや、……だろう」「いや、……だよ」と座の盛り上がることこのうえない。

 で、最後にマダムが「……ですよ」と種明かしをしたら、「あー、さっきあったよ。畑で見たよー」と、その、畑の片隅に植わっている、いまとなっては日本はおろか、世界でも珍しい品種のぶどうの木を思い出し、またひとしきり座が盛り上がる。

 そう、ワインの味わいかたはいろいろいわれていても、やっぱり、そこで育ったぶどうを味わうのがいちばんおいしい(わたしがいちばんそれを実感したのは、ムッシュ・ツカモトにスロベニアへつれていってもらったときで、そのときのことについては、本ブログの「スロベニア」のカテゴリーの「食のダイナミズム(スロベニア記・その5)」あたりを参照していただきたい)。

 やれ、ボルドーのワインはすごい、やれ、ブルゴーニュのワインはおいしい、いや、アメリカや南アフリカやオーストラリアのワインもいい、といろいろいわれ、それはいちいちごもっともと思わされるのだが、だからといって、世界最高のワインはどれか、ということにばかり気持ちを向けるような姿勢は、どこか、東大を出て、大企業にはいったり官僚になったりした人たちだけを仰ぎ見るような姿勢を思い出し、どうも抵抗を感じる。

 人生で最高の味わいとは、なんだろう。たとえば、自分が死に直面したとき、いちばん身近にいる子どもたちのことを思い出したとする。東大を出て、財務省にはいったような子どもしか愛せないのでは、なんとも哀しいではないか。世間的には、どこにもほめられるようなところがなくても、自分から出て、この世間の荒波をなんとかかんとか生きている、そんな子どもたちの姿に、人生最高の味わいを見出せるようになったほうが、生きかたとしてははるかに豊かといえるのではあるまいか。ぜひみなさんにもそうやって、この日本の風土のなかから生まれて育ってきた「わが子」たち、国産ワインを豊かに、楽しく味わっていただきたい。そこにあるその味わい、それは決して外国のワインとくらべて劣るものではなく、この国の人間、わたしたち日本人にしか味わえない深い味わいがいっぱい隠れたものなのですよ。


by pivot_weston | 2011-10-18 09:04 | ワイン

いろんな人の人生

おとといの夜、
先に紹介した『ボルドー・魅惑のワイン』の出版記念パーティが
外苑前であった。

著者の塚本俊彦さんとも、もう30年近いおつきあいになるか。
仕事柄、いろんな人の人生を見守っているが、
車椅子にすわり、ご自分の行跡を称えられ、祝福されている塚本さんの姿を見ると、
わたしもやわらかな気分になった。

元シャトー・ディケムのサリュースさんとはお話しできなかったけど、
ドメーヌ・ド・シュヴァリエのアン・ベルナールさんとはお話ができたし、
お魚好きのために石巻に移っておられる高成田さんとも
久しぶりにお話ができた。

希少ワインのプレゼント抽選会になったとき、
わたしがお誘いした内閣府のミウラさんがいの一番に当たり、
出版元・朝倉書店のホシさんも当たった。
ほかにわたしがお誘いしていたオグラ先生も当たっていたみたいで、
わたしはまるで幸運の運び屋みたいだった。

いろんな人の笑顔が交錯する場もいいものだ。
いろんな人の人生の道筋が集まってきてはじけている。

これからは少し自分に幸運を運ぶことも考えないと。


by pivot_weston | 2010-12-09 07:36 | ワイン

ワインの本

ところで、
前からこのブログでお知らせしていたワインの本、
3年以上の歳月を費やして
とうとうこの8月にできあがっています。

朝倉書店刊、
塚本俊彦著、
『ボルドー・魅惑のワイン』
です。

いっしょに作業をしたジュリアンさんが
真っ先に宣伝してくれているのかな。

とまれ、よろしく。
(詳しい内容は、また紹介する機会があるかと
思います。)


by pivot_weston | 2010-11-29 07:33 | ワイン

と、とんでもないワイン会

3年前からとりくんできた
ルミエールの塚本俊彦会長の本づくりが
いよいよ最終コーナーにさしかかってきた。

そんなおりに、
この本の出版を後押ししてくれているボルドーのアカデミ・デュ・ヴァン
の加盟シャトーのひとつ、
シャトー・キルヴァンのオーナー、ヤン・シラーさんが来日されたのを機に、
ルミエールのマダム塚本が銀座のホテル西洋に
会長の本づくりをお手伝いしてきたみんなを招いて
ワイン会を開いてくださった。

集まったのは、

ワイン・スクール、レコール・デュ・ヴァンの初代校長で、
ドクター・ソムリエ兼ラジオのパーソナリティの梅田悦生先生
そのお弟子さんの吉住久美さん
NHKフランス語講座のお仕事をなさっているジェニファー・ジュリアンさん
エルメスの店舗などのデザインをなさっている太田はるのさん、
といった面々で、
編集担当の星さんは来られなかったけど、
その代わりに、
秋田・羽後町のシックなレストラン櫻山(おうざん)の女将さん、
榎本鈴子さんが飛び入り参加してくださった。

とんでもないワイン会になることはわかっていた。
なんといっても、事前に見せていただいたワイン・リストが

ルミエール・ペティヤン
モンラッシェ1989年
シャトー・キルヴァン2005年
シャトー・レヴァンジル1988年
シャトー・マルゴー1986年
シャトー・ムートン・ロートシルト1986年
シャトー・ペトリュス1975年
シャトー・ディケム1985年

となっていたのだから。
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こんなワイン会、どこかの国家元首でも開いているだろうか。

どうやら、このリストは、茶目っ気満点の梅田先生のおはかりごとらしい。

で、出てきたのが、
ホテル西洋の広田昭二総料理長の
いつもながらにこまやかなお心遣いの行き届いた料理。

大きなデジタル一眼レフをパシャパシャとやっている梅田先生につられて、
わたしも、これまでやったことがなかったことだけど、
目の前に出てきたお料理を
ちっちゃなデジカメでプチプチとやってみた。
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ホワイトアスパラのボイルは、
ボルドーのアスパラだからということか、
とても太くて歯ごたえがあり、
アスパラをつつむムースリーヌの甘さややわらかさのなかに
アスパラからほどよい距離に配された黒トリュフのクーリーの濃い味と重みが
なめらかな放物線を描いて交じりこんできて
フォロースルーに深みをもたせてくれたのでありました。
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オマール海老のポワレも、
そのプチプチ、モリモリとした海老の肉の量感と
ソースの配合と位置関係がすばらしく、
上にのっかった薄い人参の、その薄さかげんがまた、
主役だけがどどーんと出るだけでは終わらない、第2幕のおもしろさを
添えてくれるのでありました。

で、いよいよメインの仔羊背肉のローストですが……ごめんなさい、
これは、出てきたとたんにあまりにもおいしそうなので、
デジカメをプチとやるのも忘れてむしゃむしゃとやってしまい、
途中ではたと気づいて、残骸をプチとはやったのですが、
それはまあ、いくらなんでもアレだから、残念ですが割愛させていただきます。

分厚くて、やわらかくて、弾力満点の骨付き仔羊肉に、ジュッジュッと歯が食いこむ感触が
これまた網笠茸(モリーユ)を上にのっけていただいただけに、
それだけには終わらず、充実したあと味とともに残ったのでありました。

ともあれ、
昨夜は3皿とも、広田シェフの盛りつけの距離感の妙に
感心させられたのでありました。

おいしい料理にみんなの気持ちも
となりのテーブルでデートをしているカップルさんたちに申し訳ないほど盛り上がり、
ヤンさん、ジェニファーさん、梅田先生、太田さんのフランス語、
ヤンさん、吉住さんのドイツ語、
ヤンさん、ジェニファーさん、梅田先生、太田さん、吉住さん、マダム塚本の英語が飛び交い、
気がついてみると11時近く。

一夜の楽しさを物語る空瓶がずらりとならんでいたのでありました。
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さわやかで美しいモンラッシェ、
女性的なはかなさのあるエヴァンジル、
優等生的に整ったマルゴー、
パワフルなムートン、
そこに濃密な光沢を加えたようなペトリュス、
さらにそれを赤白転じてとろける甘味を添えたようなイケム、
でも、ヤンさんのキルヴァンも、
味わいが雛菊の花弁のように、密に、濃く、鮮明にひろがり、
ソムリエさんに最後の一滴までグラスにいただいたのでありました。

デザイナー太田さんと夜更けの銀座を歩き、
中央線に乗って帰ってくるあいだの語らいも楽しい一夜……と、
書いたところでリンクを張っていたら、
あ、ジェニファーさん、もう昨日の宴をブログにのっけてやがらあ。
先を越されてしまった。
ならば、より詳しい昨夜のもようをお知りになりたいかたは、
ジェニファーさんのリンクからどうぞ。


by pivot_weston | 2010-05-30 23:43 | ワイン

25年前に恋した相手

思わぬ流れで
25年ほど前に恋した相手と再会した。

恋して、恋して、
一夜のうちに二度まで自分のなかに受け入れた相手。

あまりに興奮したので、
反動で、結局はそのあと、
みんな路上にお返しすることになってしまったのだが。

名前を、オスピス・ド・ボーヌ1984年という。

20年ぶりに再会しても
色つややはなにかはそれほど変わったように感じられなかったが、
味わいは、向こうが世馴れの度を増したのか、
それとも、こちらがさらなる興奮を味わいすぎたか、
はたまた、枯れてしまったか、
なんとも穏やかな、縁側で日向ぼっこをしているようなものになっていた。

ただ、昨日会ったときには、
シャンベルタン1988年という友だちもつれてきていた。

白と赤。
なにやらいい感じでならんでいる。

結婚の報告に来た若いカップルを見ているようでもある。

味わいは自分の時間の経過も教えてくれる。


by pivot_weston | 2010-05-04 10:27 | ワイン

ミルズ2009――ピュアに甘い山梨ヌーヴォー

今日から山梨ヌーヴォーが解禁とか。

わたしもさっそくルミエールで、
ミルズ2009というのをいただいてきました。

このミルズというぶどうの品種、
ちょっと希少品種で、
かつてはよく、
ほかの品種のワインの「隠し味」のようにして使われていました。

そのミルズのヌーヴォー、
チューリップ形のグラスにそそいで
テーブルの上でそのグラスをぐるぐると動かして揺らすと、
チューリップのなかに
甘い甘い、果実のさわやかさを帯びた甘い香りが
立ちのぼってきます。

ヌーヴォーゆえ、
深みとか、複雑さとか、もちの長さとかは、
期待するとちとかわいそうなのですが、
ともかく甘く、さわやかで、
鼻のなかを心地よく刺激してくれます。

強くてガツンとくるやつじゃなきゃやだ――
というおかたでなければ、
どうぞみなさんもお試しあれ。


by pivot_weston | 2009-11-03 22:18 | ワイン

あるネゴシアンの話

ボルドーのワインの世界で
ネゴシアン(仲買商)として成功した人に
エルマン・ムスタマンという人がいる。

おもしろい人だ。

オランダのババリア・ビールの御曹司ということで、
毛並みはすこぶるいいのだろうが、
ワインの世界でスタートしたときは
名門シャトー・マルゴーの営業マンだった。

ところが、その名門シャトーをもっていた
ワインの世界では有名なジネステ家が
ワイン・スペキュレーション(ワインへの投機)に失敗して
シャトーを売り渡し、
そのムスタマンさんも職を失った。

そこから、彼はネゴシアンに転進した。

ネゴシアンの世界は古い世界だ。
新参者が入り込むのは難しい。

だが、彼は
自分の足でボルドーのワイン・リージョンを歩いて
あまり知られていないが良質のワインを造っているシャトーを発掘し、
そこのワインを自社の有力商品に育てることで
自分の会社、レ・ヴァン・ド・クリュを大きくし、
自分でもムーラン・イケムというシャトーをもつにいたった。

いまはその事業も息子にまかせて引退しているが、
フリーになった身でやっていることが、またおもしろい。

バンク・アリメンテール。
スーパーから消費期限切れ寸前の商品をかき集めてきて、
ホームレスなど、支援を必要としている人にまわす活動だ。

どうやら、いまは
ヨーロッパ全体のバンク・アリメンテールの活動を束ねるような
立場にいるらしい。

いくら毛並みのいい人とはいえ、
筋の通った道を歩く人はおもしろい。

聞くところによると、
ふだん、この人の口から出るのはほとんどがジョークで、
なにごとにもユーモアの味つけをしたがる人らしい。

写真を見ると、
いたずら小僧のように笑っている顔もある。

この人の話を聞くと、
どこかいい。


by pivot_weston | 2009-09-14 07:33 | ワイン