人気ブログランキング |

カテゴリ:スポーツ( 41 )


「夢」も「希望」も「感動」も

 数日前の朝、部屋から出てきた母が「あなに手ぇ、あげるもんかの(あんなに手を上げるものかな)?」と言った。

 なんのこっちゃ。

 背後のテレビを見ると、高校野球の開会式をやっていた。入場行進。相変わらず足なみをそろえ、手のふりかたもそろえているが、その手のふりかたが異様なくらいに大きかったらしい。

「はは、この国は北朝鮮とそっくりじゃ」だから、そう答えた。

 部員が9人しかおらず、ひとりでもけがをしたら0-9の負けになるから、それを防ぐための臨時部員ではあったが、わたしが昭和48年(1973年)の春の県高校野球大会の開会式に出たのは、もう40年も前のことになるか。大会第1試合を戦う2校だけの開会式。上記のようなわけなので長髪のままで、しばらく練習に参加して練習試合にも一度同行していたが、これといって決まった自分のユニフォームがあるわけでもなく、その日、ベンチで着替えて帽子をかぶろうとしたら、もってきた帽子が合わない。長髪のせいだったかもしれないが、もともと頭でっかちで、1年生の春にしばらく入部していたときも、合うヘルメットがなく、布の帽子のまま、硬球のバックホームの守備練習のときの3塁ランナー役をやらされたりしていたから、3年生になるのを間近に控えていたこのときも、ちぇっ、またかよ、と思いながら、ベンチでごそごそとほかの帽子をさがしていた。ほかの9人の部員はすでに、甲子園の決勝戦のあとの表彰式のときのように、これから試合をする相手チームの部員とともに、マウンドをはさんで1塁側、3塁側に分かれて整列していた。それなのに、長髪・無帽だけどユニフォームを着たのがひとり、ベンチでごそごそしていたものだから、試合のアンパイアを務める人が走ってきて、「お~い、はよせ~よ~」と促した。

「いやあ、その~、合う帽子がないんですが」

 そう答えると、「ばか」「消えろ」「開会式のあいだ、どっかへ行ってろ」とかなんとか言われるかと思ったが、意外なことにそのアンパイアさんが「まあ、ええわ。そのままならべ」とか言って、「帽子くらい、のうても(なくても)ええじゃろ」とかなんとか、ぶつぶつ言いながらホームプレートのほうへ戻っていった。

 そう、だから、今年の甲子園大会にも出ているような高校球児たちが3塁ベースのほうからピッチャーズマウンドを越えて1塁ベースのほうまで1列にならんでいたその列の端っこに、長髪・無帽のまま立った。

 かっこ悪い思いもしたが、ときは学生運動の時代を超えて、風変わりがもてはやされるようになっていた時代。東京オリンピックの整然とした選手団の行進にも疑問符がつけられ、学校の運動会の行進で校長先生が立っている朝礼台の前を通過するときにやらされていた「ハイル、ヒトラー!」式のあいさつもようやく異様視されるようになり、とりやめになっていた。だから、ま、「無帽」はないかもしれないが、「長髪」については、いずれじきに、これが当たり前の時代が来るだろうと思い、形式にこだわらなかったアンパイアさんのことを、たいした人やなあ、と感心もしていた。

 でも、それから40年。いっとき、スポーツ刈りまでは、ま、いいだろうということになり、そういう選手がふえた時期もあったが、いまはまた昔に戻っているように思える。スポーツ刈りくらいなら、わたしのように半端な長髪・無帽の臨時部員を待たなくても、わたしたちより1年先輩の、甲子園に出場したチームの主将で、のちに早稲田大学でもマスクをかぶった人がすでにしていた。

 坊主頭で、一所懸命に球を追いかける子どもを「さわやか」「純真」と言い、「感動」「夢」「希望」といった言葉もつけたす。これ、ほんとうにひとりひとりの子どもをちゃんと見ていることになるのだろうか。たとえば、夫婦関係などにも同じような姿勢をもちこむ男の人がいたとしたら、奥さんから「あなた、ちっともわたしのことを見てくれていないのね」と言われ、執行猶予期間が切れたあかつきには、熟年離婚を言い渡されてもしかたがないのではあるまいか。

 大人たちが勝手に、家ではわが子から「ったくヨー、るっせーんだよ」とか言われながら、さわやかで純真な高校生たちがいいと思い、そういう虚構の世界をつくり上げ、子どもたちに強いているだけではないのか。そして、それをナントカ新聞やカントカ新聞が商売の種に利用して、さらにあおる。子どもたちのほうとしても、それは都合がいい。表面だけ合わせておけば、実像は見られずにすむわけだから、そんなに楽なことはない。というわけで、虚構の世界を演じてくれる子どもで満足する大人と、それを利用して自己実現をはかろうとする子どもが共同でつくりあげているのが、いまの甲子園の世界なのではないのか。それがどこか、北朝鮮に似ている。

 先のWBCでも、Wスチールがどうとかこうとか言われているが、あんなのはほんのちょっとした呼吸でやるものなので、高校野球のように大ざっぱなレベルではともかく、あのレベルの野球では、ああなるのもしかたのないことだと思う(たぶん、2塁ランナーがプエルトリコのあのすごいキャッチャーにやられただけのことだろう)。あの試合は、そこまで見なくても、日本の選手が打者一巡するあいだに、ある選手の振りを見たときに、あ、これはやられたな、と思った。その前の、アメリカに渡ってからの2試合の強化試合を見たときにいやな予感がしていたが、本戦になってその選手の振りを見たら、まったく自分の世界しか見ていない振りになっていた。

 国際マッチは、野球でも、サッカーでも、なんでも、疑似戦争だ。守らなければならない平和の時代に、わたしたちが本能として宿している闘争本能のガス抜きをするスポーツの試合の究極の場だ。戦争となれば、勝つ、相手を倒す、というシンプルな目的に全神経を集中し、そこから少しでもそれることは排除しなければならない。そうでないと、自分はともかく、仲間までがそのちょっとした自分の気の緩みで命を落とすことになるかもしれない。おれは強打者、おれは小技師なんて、そんな役割も関係ない。目の前の状況を見て、必要なことをする。とてもシンプルな世界で、第1回と第2回には、とても大きな看板を背負いながら、あの場になるとそういうことができたイチロー選手のような人がいたが、今回は、そういう意味で臨戦態勢になっていた選手が少なかったような気もするのだが、そういうのももしかすると、儀式としての高校野球となにか関係があるのではないかという気もしてくる。

 儀式は、それを受け継いでいるコミュニティのなかだけで通用するもの。別の儀式を受け継いでいる、たとえば外国の人などとコミュニケーションをして生きていくためには、儀式という外殻にとらわれず、自分もまわりの人も、ちゃんとその人のありのままの姿を見て、自然に、シンプルに思考する姿勢を養っておかなければならない。そういう意味で、もうTPPの時代でもあるし、シロウトの子どもを商売の種にするのはいいかげんやめたほうがいいのではないかと、ナントカ新聞さんやカントカ新聞さんなどに対しては思う。

 第一、昨日あたりも試合を見ていたら、バッターボックスに立ってちらちらと横目でキャッチャーのかまえている位置を盗み見ようとしている子の姿がとても目につく。開会式の選手宣誓で「正々堂々と」と誓っているのではないのか。誓いなんて、そんなものは破ってもいいのだというのも、形式で成り立っている社会のひとつの特徴と言えるかもしれないが、そういう姿勢も世界では通用しない。たとえば、夜中のサンフランシスコ国際空港あたりにたむろしているギャングのみなさんも、怖いし、悪いことを考えているのかもしれないが、彼らの存在を正視し(つまり、彼らの存在を認め)、警戒し、スキを見せなければ襲ってきたりはしない。

 基本的に、野球に「夢」や「感動」はいらない。「さわやかさ」もいらない。英語では、野球のことを「national pastime」という。フランス語の「passe-temps」、言ってみれば「ひまつぶし」だ。失礼な、野球をひまつぶしとはなんだ――とおっしゃるかたもいるかもしれないが、誰かのひまつぶしにしてもらえることの栄誉、してもらうことのたいへんさは、テレビの世界で大人気の吉本の芸人のみなさんに聞けばよくわかるだろうし、震災で避難生活を続けている人たちにとっても、pastimeがどんなに貴重でありがたいものか、宣誓をする子どもたちが考えて言葉を選んでくれるようになったらいいと思っている。


by pivot_weston | 2013-03-25 07:05 | スポーツ

カネやんになったイチローくん

 このところ、毎日、ネットで日本人メジャーリーガーのプレーをフォローしている。

 日本球界でつねにレギュラーを張っていた人たちが4月も終わろうかというこの時期に通算3安打とか5安打とかでもがいているのを見ると、なにやらわがことのように思えてきて力がはいり、「今日は?」「今日は?」と、ついつい毎日見ている。そのレベルではないが、スーパースター、イチローくんも数日前までは「安打」の欄に「0」や「1」がならび、なんや、もうひとつやなあ、と思わされていたが、ここへ来てマルチ安打の日が続き、ようやく昨日、また3安打して打率を3割にのせた……と、低空飛行の日々から上昇へと向かう選手の内面を想像しながら数字を目で追っていると、先日のダルビッシュ投手のデビュー戦を思い出した。

 日米のメディアが大注目のダルビッシュ投手がいきなり先頭打者を歩かせたけど、次の打者は三振にとり、これで少しは落ち着くかなと思ったところで、イチローくんが現れ、その落ち着きかけた膝もとあたりをガツンといった(決してそんなに軽々と打ったようには見えなかったが)。で、その後もガツン、またガツン。イチローくんがいつにもまして真剣な表情でダルビッシュくんのデビューを打ち砕いていたのが印象に残った。

 そうなると、わたしたちの世代としてはどうしても、まだ家にテレビもなかったころ、立教大学を出たニュースターを4打席ともきりきり舞いさせた金田正一さんのことが脳裏によみがえる。別に、とくに言うほどの符合ではないが、そういや、金田さんは享栄商業、イチローくんは愛工大名電で、どちらも愛知県の出身だ。

 イチローくんも金田さんのように「こいつは仕込んだらなアカン」と思ってダルビッシュくんを打ち砕いたのだろうか。

 いや、たぶん、そういう気持ちとは、方向性は同じでも、内容は微妙に違っていただろう。というか、われわれ昭和のガキどもが金田さんにそう思い込まされていただけで、もしかすると金田さんの内面も似たようなものではなかったのかと、いまさらながらに思うのだが、少なくともわたしの目には、あの日のイチローくんは、「ダルビッシュのため」とかなんとか、そんなふうに彼のことは意識せず、だけど根底では意識して、「今日は自分の最高のパフォーマンスを出さなきゃ」「ワンプレー、ワンプレー、ともかく集中していくぞ」と思っていたように見えた。

 熱い選手だ。浪花節風のキャラクターを売り物にする選手は少なからずいるが、イチローくんも、気合いがはいるときにはそういう選手の比ではないくらい気合いがはいる人だと思う。

 WBCのときもそうだった。それに、去年のいまごろも、そうだったのではないかと勝手に思っている。いつもスロースターター気味のイチローくんが妙に春から打ちまくっていた。あ、はいってるんだ――と思った。ワールドカップチャンピオンになった「なでしこ」にかぎらず、去年は日本人選手で、あ、いや、日本人で気合いのはいらない人はそんなにいなかっただろう。

 一野球ファンの勝手な想像。でも、イチローくんはそういうことを前面に押し出してプレーしていく人ではない。かたちではなく、ほんとうの気持ちがだいじだと思っているのかどうかは知らないが、燃えたぎる気持ちも内側でだけ燃焼させ、よしっ、今年は行くぞー、と思っていたのではあるまいか。

 イチローくんには、それが自分にとってどれだけ大きなギャンブルになるかもわかっていたと思う。シーズン200安打を10年連続――それが(もちろん、プレーするときはつねにチームプレーを心がけているだろうが、そこで最高のプレーができるように自分の能力を高めておくモティベーションとして)自分にとって大きな大きな目標だ。

 10年間、自分をつねにコントロールして、そんな、常人ではとてもできないようなことを続けてきた彼には、それがどれだけ危険なことかもわかっていたと思う。でも、「今年は別だ」「ここでやらなきゃ、いつやる」という気持ちもあったのではないかと想像している。

 案の定、さすがのイチローくんも、あくまで人間は人間だから、春から思いのたけを注ぎ込んで爆走したら、燃料が切れてしまった。あとさきのことを考えずに自分のすべてを吐き出すのは、つねに自分をコントロールしてきた彼にとっては不慣れなことだっただろうから、その後は修正しようとしてもうまくいかなかったのではあるまいか。それくらい、気合いがはいったときにはエネルギーが出てしまう人だとも感じている。

 記録はとぎれてしまったけど、まあいいか。自分の国がああいう状態になったのだから、みんなのことを考えれば、自分の記録はまあいいだろう――そんなふうに思っているのではないかと、去年の彼のプレーを見ていて、ずっと思っていた。

 そんな彼を、米国のメディアは「もう年だ」「衰えてきた」と言っているらしい。日本人なら、それまでの毎年200安打した10年間にもまして「やっぱりイチローはすごい」と思える1年だったような気がするのだが、これは一野球狂の思い入れがすぎるというものだろうか。とってつけたようなことをしてはいけないが、イチローくんの去年は、空港に帰ったときに、みんなが黙ってスタンディングオベーションしてもいいくらいの1年だったよな、とひそかに思っている。


by pivot_weston | 2012-04-27 09:52 | スポーツ

野球とクリエイティビティ

 このところ、まじめひと筋で来たので、少し気をゆるめて……。

 プロ野球が始まった。最近は、この季節になってもあまり日本のプロ野球は見ようという気にならなかったが、今年は少し心が動いている。日本ハムの栗山新監督がなにかしてくれそうな気がしているからだ。やはり、新鮮なのはいい。

 もちろん、栗山さんだって、かつてはヤクルトの堂々たる外野のレギュラー。れっきとした「野球ムラ」の住人ではあるのだろうが、輝かしい実績を残した人が監督になることの多い「ムラ」では、体調のために現役生活を途中で断念し、スポーツジャーナリストとして生きてきた栗山さんのような人が監督になるのは、どちらかというと「異例の人事」の部類にはいるのではあるまいか。

 なんの世界でもそうだろうが、野球をおもしろくしてくれる人も、そのメインストリームにいなかった人たちだ。

 古くは、わたしたちが小学生のころ、遠足に行くバスのなかから「ここが実家ですよ」と教えてもらっていた三原脩さんの例がある(どうやら、栗山さんも三原さんを尊敬しているらしいが)。監督としてあまりにも巨大な存在になったので、メインストリームにいなかったと言ったら怒られそうだが、小柄な体や、時代のめぐり合わせや、クリエイティビティを抑えておくのが難しかったけっこう破天荒な性格も影響して、選手としてはそれほどメインストリームにいなかったと思う(お、三原さんの高松高校時代の野球部のマネジャーが成田知巳さんだって。すごいっ!)

 わたしが大好きだった阪急ブレーブスの西本幸雄さんもそう。そのあとを継いで大監督になった上田利治さんもそう。選手としては「大選手」と言えなかった人ばかりだ。

 それに、もうひとり、近ごろではあまりお顔を拝見することもなくなった人がいる。

 佐々木信也さん。いま、わたしたちオッサン族が夜なかにごろんと寝転がって見ているスポーツニュースの起源をたどると、すべてはこの人に行き着くのではあるまいか。いや、一般のニュース番組だって、CMとCMの合間にちらりと映ったスタジオでキャスターとキャスターがなにやら言葉を交わしている光景を見かけるが、ああいう光景を流すことを初めて提案したのも、たしかあの人。初めて見て、へえ~と思った翌日かなにかに「実はわたしが提案しましてね」と種明かしをしていたのを記憶している。

 野球にかぎらず、また、スポーツにかぎらず、なにごとも、新しいクリエイティブな視点が盛り込まれないと、大なり小なりそのクリエイティビティを求めてあくせく働いている一般世間にアピールする度合いが薄れていくのではあるまいか。

 昨日終わった高校野球もそう。最近は、レベルが上がっているのだろうが、あまり見る気がしない。でも、小学生のころだったか、まだバックネット側からTVカメラが試合をとらえていたころ、高知高校だったか、高知商業だったか、ともかく高知県のクリエイティビティに富んでいた学校が試合をしていて、相手チームの選手が二塁にいたとき、二塁手と遊撃手がいっせいに一塁方向と三塁方向へ向かって走りだし、あゝ、うるさい監視がいなくなったとばかりにランナーが離塁するのと同時に、それまでの常識では予想できなかった光景、そう、センターの選手がそっと忍者のように背後から駆け寄り、二塁ベースに入って、ピッチャーからのどんピシャの牽制球でランナーを刺すということがあり、あのときも、お~っ、という新鮮な驚きをもらった。

 一時代を築いた徳島の池田高校が、初めて甲子園で準優勝したセンバツでも、「イレブン」、つまり部員が11人しかいないということ以外にはまったく評判にならなかった小粒な田舎のチームだったのに(失礼!)、開会式直後の第一試合の一回の表に、いきなり三塁まで行ったランナーがホームスチールをして、しかも、バッターボックスにいた右バッターの左脚の出しかたまでがみごとに訓練されていて、うわわわわ、なんじゃ、この学校は――と思わされたときも、それを見なければ、とろんと鈍ったままだったかもしれないオツムに、心地よい風を吹き込んでもらえたような気がする。

 栗山さんもさっそく、人気者だけどルーキーイヤーの実績がイマイチだった斎藤佑樹投手を開幕投手に起用して、フムフム、と思わせてくれている。

 ファンというのはそうしたものだろうが、こういうときには、お、栗山さんもおれとおんなじことを考えてんじゃなかろか、なんてことを期待する。そう、わたしは3月28日の「道のおもしろさ」に書いたラーメン屋さんで高校時代の斎藤投手を見たとき、そのストレートに目の覚めるようなものを感じた。でも、大学時代の球やプロに入ってからの球を見ていると、あらら、どうしたの、この人?――と思っていた。吉井投手コーチの「佑ちゃんは、ほんとうはパワーピッチャーだよ」という言葉もあるように、わたしはいまでも、斎藤投手の持ち味はまっすぐに突き刺さるようなストレートではないかと思っている。それがどろんとしちゃったのは、「ムラ」のなかでばかり自分の野球を考えていたからではあるまいか。それを、野球以外の世界でいろいろと感性を磨いてきた栗山さんもずっと考えていて、いきなり開幕投手に起用し、ほれ、サイトー、もっと自分を磨け――と発破をかけているのではあるまいか、なんて考えて喜んでいる。

 あ、いかん、少し気持ちをゆるめすぎた。また理性を取り戻し、フン、野球なんて――という顔をしていることにしよ。


by pivot_weston | 2012-04-05 09:54 | スポーツ

秋山クンと立花クン

 秋山監督のソフトバンクが日本一になった。

 めでたい、めでたい、と思いながらテレビを見ていたら、ベンチのなかになつかしい顔がいるのが目にはいった。

 あの、かつての日本シリーズでホームランを打ってホームインする直前に宙返りをして見せた抜群の運動神経の持ち主、秋山クンが西武ライオンズに入団したころ、同球団には「19歳の3番打者」がいた(そのときには、22歳になっていたけど)。

 いまの福岡ソフトバンク・ホークスの(主として)昭和30年代バージョン、西鉄ライオンズが黒い霧に包まれ、太平洋クラブ・ライオンズに変わり、クラウンライター・ライオンズに変わり、紆余曲折の果てにようやくしっかりした経営母体、西武グループを見つけ、「寝業師」根本陸夫さんのもとでふたたび強いチームに生まれ変わろうとしていたころだ。

 根本さんのやることには、体育会系の人たちの世界らしく体制に従順な人の多い野球界にあって、いろいろと見る者をスカッとさせてくれるところがあった(豊田さんといい、大久保クンといい、水戸出身の野球人には独特な人が多いが)。

 その根本さんが、クラウンライター・ライオンズ時代にご当地・福岡県の高校からはいってきた選手をいきなり1軍の3番バッターに抜擢した。

 どんな選手だろう、という興味が湧いてくる。ついついわたしも「根本マジック」にはまり、その「19歳の3番打者」、立花義家選手を新聞やテレビで追っかけるようになった。

 さすがに根本さんは炯眼だ、と思った。その立花クンが22歳の年には年間打率.301をマークして、堂々たる主力打者に育ってきたからだ。

 よし、このタチバナという選手は新しい伝説をつくるぞ、と思い、だれかれとなく「タチバナはいい」「タチバナはいい」と吹聴していたころだ、熊本県の高校からドラフト外ではいってきた選手が、なにやらすごい能力の持ち主で、高校時代は投手だったけど、プロでは「タチバナ」と同じ外野手としてスタートするという話を耳にしたのは。

 当然、「タチバナ」を応援していたこちらは、なんだ、われらが「タチバナ」がそんなやつに負けるものか、と思う。でも、どうも立花クンは(もちろん、ほんとうのキャラクターなど、わかるはずもないが)遠くから野球を見ているかぎりでは、とても人のいい人のように見えた。ときどきその、根本さんが見抜いたキラリと光る才能をのぞかせるのだが(たとえば、江夏さんがメジャーに挑戦した年の春にはオープン戦で首位打者か、そうでなくてもそれに近い打率を残したのではなかったか)、しだいに凡退する姿が目立ってきて、そのうちその凡退する姿もなかなか見られなくなり、代わって、アメリカで修行してきた秋山クンが噂の能力をどんどん発揮して、いつのまにか常勝・西武ライオンズの4番にすわっていた。

 もちろん、あのころの西武の外野には、金森、岡村、笘篠といったいろいろと技のある選手がそろっていたので、立花クンの出番が減ったのも、なにも秋山クンのせいばかりではなかったのだが、そんな経緯があったので、立花クンを応援していたわたしのなかでは、ずっと秋山クンをすごいと思いながらも、なんか、もやもやしたものがあった。

 最近でも、秋山クンがずっと王道を歩いてソフトバンク・ホークスの監督に就任するのを見ていると、立花クンが一時台湾で野球をしていたことを思い出し、わびしい思いにかられることがあった。

 でも、昨日のテレビを見ると、そんなふたりが仲良く黄色と黒のユニフォームを着て、同じベンチにいた。一ファンとしては、優勝にもましてめでたい光景だったかもしれない。


by pivot_weston | 2011-11-21 07:43 | スポーツ

孤独な魂――伊良部秀輝投手へ

プロ野球の伊良部秀輝投手が亡くなったことが報じられている。

結局、そうだったのか――といいたくなるような結末だ。

野茂くんは夢や可能性を求めて海を渡った。
伊良部くんは救いも求めて海を渡った。

自分のおさまりどころをさがしつづけた人
ではなかったのか。

香川にいたころ、
生協の宅配に来るおにいさんが、
伊良部くんが通っていた高校のとなりの高校の野球部の出身で、
しかも、彼と同年代で、
こちらからお願いするまでもなく、
彼がいかにすごかったかを語ってくれた。

野球のすごさだけではなく、
その他のすごさも含めてだ。

その話からは、
大きな体の伊良部くんが
はた目には「のしのし」とか「ずかずか」とかに見えても、
内面では「おろおろ」していたようすが浮かんでくるようだった。

監督をしていた大河さんも
彼のことではずいぶん悩んだのではないだろうか。

内面的にもとてもいいものをもっている人だということは、
ときおりちらりと見せた、坊やのような笑顔でよくわかった。

そして、そんな笑顔になったときには、
少し目が上目遣いになり、
たとえ、身長のせいで上から見下ろしていても、
相手の人を、どこか物陰から仰ぎ見ているような表情になっていた
ような気がする。

わたしたちの感覚からいえば、
達成できるかぎりのことを達成した人のように思えるが、
ご本人はなにも達成できていないようなもどかしさや苦しさを
ずっといだきつづけていたのかもしれない。

まわりの人たちも
どうすればいいのだろう、
どうすれば彼に幸せになってもらえるのだろう
と心を砕きつづけていたのだろう。

なにかとなにかが、たまたまうまくかみあって、
彼に安心してあの坊やのような笑顔でいられる世界が見つかっていれば、
もしかすると、彼は165kmくらい出していたかもしれないとも思うが、
それはただのディテール、
そんなディテールで彼の人生を語っては、
一所懸命に生きた彼に失礼というものだろう。

大きな大きなものをかかえて
まごまごとおさまりどころをさがしながら生きることで、
それを見ていたわたしたちに
いろいろと人生について考えるよすがを提供してくれた彼には、
感謝したい。

合掌。


by pivot_weston | 2011-07-29 10:06 | スポーツ

空想の続き

現代サッカーの最先端を行くようなすごい試合の末に、
三貂角が台南を突き破りましたね。

で、ふと気がついたのですが、
わたしがサッカーという競技の美しさに気づかされたのが、
1982年のスペインW杯のとき。

イタリアのパオロ・ロッシが得点王になったときですね。

1999年の世界ユースの決勝で日本をコテンパンにやっつけ、
今回のスペイン代表の優勝メンバーの主力になっていたのも、
あのころ生まれた子どもたちだったんですね。

とすると、
2030年W杯の決勝は日韓対決になるとか……。

相変わらず空想が続くのでありました。


by pivot_weston | 2010-07-12 12:30 | スポーツ

W杯は台湾対決

オランダ vs スペイン――と聞いて、ひらめいた。

沖合を通り、
「イラー・フォルモサ(美麗島)」と名づけたポルトガル人が去ったあと、
台湾の南と北に入植を試みた国同士の対決だ。

オランダは
現在の台南市安平にTayouan(ターユアン)という名前をつけて
Zeelandia(ゼーランジャ)城を築き、
そのTayouanというオランダ語が
「大員」「台員」などと書かれて「台湾」に変化してきた。

スペインも
台湾の北東(与那国、石垣島寄り)に突き出た岬にSantiago(サンティアゴ)の名前をつけ、
その名を「三貂角(サンティァオチャオ)」という変形されたかたちで
現代に残している。

とすると、
次のブラジルW杯の決勝戦あたりは、
両国のあとを受けた中国 vs 日本の対決なんてことになるか。

それとも、
人口200万の四国程度の広さの国、スロベニアでもあそこまでやれたのだし、
よそ者にばかりいい思いをさせてはならじと奮起して、
この4年のあいだに
誇り高き台湾原住民系のチームがメキメキと力をつけ、
アジア予選をぶっちぎりで通過して、
W杯でも常連国を圧倒するとか……。

楽しい空想のふくらむ顔合わせだ。


by pivot_weston | 2010-07-10 15:57 | スポーツ

郷土愛

どうやら、わたしはけっこう郷土愛が強いほうなのかもしれない。

サッカーのワールドカップ南アフリカ大会がたけなわだが、
前回のドイツ・ワールドカップのときには、
世間の注目とは別に、
ひたすらボランチの福西崇史選手を応援していた。

われらがひょうたん島、四国のくびれ部分を
わが町観音寺と共有している新居浜の
工業高校の出身だったからだ。

「ちょうさ文化」も共有している。
新居浜で育った子なら、望むと望まないとにかかわらず、
どこかにあの「ドンデンドン」の音に共鳴する内面をもっているはずだ。

そんな福西クンがドイツのピッチに立っているのを見ると、
ソフトバンクの観音寺出身の三瀬投手が王さんと握手しているのを見るのと同じように、
なんだろう、参加意識のようなものがもてたのだろうか。

ファンというのはそういうものなのかもしれない。

だから、福西クンが引退すると、
岡田さんが監督をつとめているとはいえ、
新しい日本代表には、なぁ~んだ、の思いがなくもなかった。

でも、いまごろになってこんなことを書くと、
サッカーファンのみなさんには笑われるかもしれないが、
いたいた、今度の日本代表にも
ひょうたん島のくびれ部分を共有している選手がいた。

長友選手だ。

東福岡高校の出身だというし、
長友という名字からしても、
九州の子かと思っていたら、
どうやら、ひょうたん島のくびれ部分の
水道料金がタダの町、西条市で育った子らしい。

そうなんや、アイツにはどこかそんなところがあると思ってたんや――と、
郷土愛の強いお調子者のファンは思う。

いいね、俄然熱がはいってきた。

本大会で大活躍中の東洋のエウゼビオ(ちと古いか)長友クンには、
すでにイタリアやスペインのクラブから移籍の打診も来ているらしい。

ちっちゃくて、とくにいうほどの才能があるようにも思えないけど、
目標を定めて、自分を信じて、
ひとりで育ててくれたかあちゃんを喜ばせようという気持ちももって、
ガンガン走りまわっているところもいい。

おゝ、キミこそが四国の野球の体現者や――と、変なことも考えてしまう。

ま、ファンて、そんなものでしょう。

だけど、わたしたちが高校生のころ、
まったくノーマークから勝ち上がって全国高校サッカー選手権で準優勝し、
「不毛の地が準優勝した」「不毛の地が準優勝した」と騒がれた壬生川工業高校といい、
あのくびれ部分の西側の地域にはなにかあるのだろうか。


by pivot_weston | 2010-06-23 07:04 | スポーツ

ゴン・メッシ

少しネタが古くなるかもしれないが、
先週土曜日夜の
FIFAクラブワールドカップ決勝戦での
あのバロン・ドール男、メッシの得点はすごかった。

右サイド後方にいたダニエウ・アウヴェスは、
ややブラジルチックだったような気がしないでもないが、
バルセロナのシステムで
ここに放り込んだら得点になる――というところへ
アーリークロスを入れた。

それをメッシが、
相手バックスを一歩振り切り、
相手キーパーと接触する寸前の、
ここで一発転換させないと得点にならない――というところで
とにかく当てることのできた胸に当ててゴールに折り返した。

とたんに、
あのフランス・ワールドカップで
日本のワールドカップ史上最初の得点を記録した
ゴン中山くんのゴールが脳裏をよぎった。

泥くさいゴール――
ゴンらしいゴール――
あのとき、マスコミは含羞をまじえてそういった。

そのゴールの意味を
あらためて教えてくれたようなメッシの得点だった。

エベレストに登る人だって、
下界ではいくら余裕しゃくしゃくでも、
頂点に到達するときには余裕をなくす。

でなければ、
まだ登れる高みがあるわけで、
頂点の意味がない。

メッシは、
ともに頂点に登ろうとする仲間たちのために
そこに到達する自分の姿をカメラの前にさらした。

もしや、
メッシはゴンのファンだったのでは――なんて、
あらぬ、だけど、楽しい想像まで湧いたゴールの瞬間だった。


by pivot_weston | 2009-12-25 07:00 | スポーツ

ONの時代

ふたりの「50年目の告白」を特集したNHKスペシャル
の再放送を見た。

あの人たちは、ぼくたちにとって、なんなのだろう?

そんな思いにかられた人は、
わたしと同年代の人に少なからずいたのではあるまいか。

スター、いや、スーパースター?

どうもそれじゃ、頭のなかのすわりが悪い。

一時期、ふたりはわたしのまわりの空間のあらゆるところにいた。

「3」を見ると、長嶋さんが浮かび、
そのあとに「1」を見ると、王さんが浮かんだ。

吉田さんの「23」も、「3」は長嶋さんの「3」だった。

中学校に入り、クラスのなかの出席番号が3番だと知ったとき、
ああ、長嶋さんの「3」だ――とは思わなかったが、
おお、3番か――と思い、
その思いの背後には、間違いなく長嶋さんがいた。

受験勉強やなにかで自分に努力を課すときには、
よく、真剣を振る王さんの足もとですり切れていた畳が浮かんだ。

そして、長嶋さんが引退する日、
同じ下宿の学生8人がひとつの部屋に集まり、
なにやら一気に幼いころに戻ってしまいそうな、
あぶなっかしいものが胸にこみ上げてくるのを感じながら、
小さなブラウン管テレビの画面に見入った。

NHKスペシャルは後楽園の揺らぎしか紹介していなかったが、
あのときはああいう揺らぎが日本全国で起きていたんだ、と思う。

わたしたちは、幼いころに自宅にテレビを迎えたテレビ第一世代。

もしかすると、
軍国少年にとっての天皇やなにかに相当するような要素も
あのふたりの存在にはあったのではあるまいか。

でも、番組でも紹介されていたように、
しごく当然のことながら、
ふたりとも、実際にはただの人。

そういう人が、わたしたちにとってこういう不思議な存在感をもつ
というのは、どういう現象なのか。
わたしたちが使っている言葉では総括できない現象なのではないか、
という思いがしてならない。
いずれ、後世の社会学者がうまい表現で総括してくれる日が来るだろうか。

長嶋さんの顔が
佐倉の自宅の前で撮った野良着姿のおかあさんの顔によく似てきていたのが
印象的だった。


by pivot_weston | 2009-10-12 23:12 | スポーツ