短パンTシャツのおじさん

しばらくぶりに、ロイさんに会った。

この夏、ある晩、近くのバーで飲んでいると、
白人のおじさんがアジア系のおばさんと入ってきた。
そんなに大柄ではない。短パンにTシャツの、
(お酒を飲んでいるせいか)やや赤ら顔の白人のおじさんだ。

お店のケンタロウさんが「オーッ」と言った。

「この人ね、ロールスロイスのエンジンを設計していた人ですよ」と言う。

ふぅん、と思うが、
車を運転しないわたしには、それ以上の感想は湧いてこない。

ちょうどそこには、アメリカのオレゴン出身のアレックスもいたので、
システムエンジニアのアレックスとメカニカルエンジニアのロイさんが話しだし、
ふたりの話す英語の違いが、誰の耳にも明らかになった。

「アレックスの英語、なまってるー」

喉の奥で音を転がすような、鈍角な発音のアレックスのことを
誰かが言った。

常連への、愛着の表れ、
そして同時に、久しぶりに訪れたロイさんへの、歓迎の意思表示でもあるだろう。

ロイさんは、注文したビールをさっさとあけ、2杯目を注文する。

「すごくビールが強いんですよ」
またケンタロウさんが言う。

でも、バー店主のケンタロウさんには、「すごい」と映るそんなところも、
いっしょに来た韓国人の奥さん、李さんにはまた違ったものに映るらしく、
李さんはちょっと困ったような顔をしてこちらを見る。

「で、いまはなにをやっているのですか?」
アレックスとの会話がとぎれたすきに、わたしも尋ねた。

「ニュックレア、サウマリン」
そんなふうに聞こえた。

「あー、そー」
酒の席の軽さで、まずはそう答えたところで、待てよ、と思った。

やや時差があって、ロイさんの言った言葉が頭のなかでスペルアウトされたときだ。

「な、なんて、ちょっと待って、ニュークリア・サブマリン? それ、ほんと?」

シービュー号じゃないか。
ロイさんは、われらが少年時代のシービュー号みたいな
原子力潜水艦のエンジンの設計をしたというのだ。

軍事上の最高機密、冷戦時代なら、
そこまで聞いただけで、背後にCIAやKGBのエージェントの足音を意識しだしたかもしれない。

でもまあ、そこはそれ、なごやかな酒の席だったし、
ロイさん自身も、どう見ても短パンにTシャツの、気のいいおじさんだったので、
それからは、次々とビールを注文してあけていくロイさんと
「もうだめ、帰ろ」とその腕を引く李さんとの
心のなかでの綱引きを、にちゃにちゃしながら拝見していた。

そんなロイさんが、また日本に来た。
というか、今回はもう都心にマンションを買って、生活拠点も確保したらしい。

聞くと、イギリス南西部のブリストルの出身という。
10年ほど前に訳したE・C・ベントリーの『トレント最後の事件』にも
ちらりと登場した町だ。

高校時代にラグビーのまねごとをしたことのあるわたしは、
ウェールズとの距離の近さも思う。

だから、昨夜はラグビーの話をして、ワインの話もした。
どうやら、ロイさんは世界各地のワインを現場で見ているらしい。
これからのおつきあいが楽しみだ。

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by pivot_weston | 2008-11-05 08:47 | 人物