甘えの恐ろしさ

 今日は防災の日らしいが、もう3.11の記憶はこの国の一部から完全に消し去られたのだろうか。あの地震で何より思い知らされたのは、わたしたちが地球のことで勉強したことはすべて現実に起こると考えなければならない、ということだった。なのに、もう原発は再稼働されたのだという。

 簡単な話(おそらく、中学生や高校生のなかには、わかっている人も少なくないのではあるまいか)。まず、人体に有害な影響をおよぼすとされる原子力発電の産物、放射性物質の放射性の半減期をWikipediaの表で見てみる。次に、よく中学校や高校の教科書のなかで見かける「1万年前の日本」とか「2万年前の日本」とかいった地図を見てみる(厳密に確定しているものではなく、いろいろ違いがあるので、ここではあえて特定の地図へのリンクは設けない)。

 大雑把に考えて、前記の放射性物質の放射性がまだ十分に残っている期間内に、その地図のなかに表現されているような地殻変動が起こるということ(もちろん、日本列島の形状の変化には海面の下降や上昇も関係しているが)。日本列島の周辺で地殻変動を引き起こす要因としては、太平洋の真ん中のマグマの噴き出し口であるハワイから湧き出したマグマが太平洋の海底の下を動いてきて、ユーラシア大陸の下(切っ先は東京の下)へもぐりこむ現象がいちばん大きいものになるのだろうか(最近は小笠原諸島の近くの西之島にも海面上に噴き出し口が開いたので、そこからの押し出し現象も視野に入ってくるのかもしれないが)。この現象の規模は、ハワイからカムチャツカ半島まで、海底にえんえんと続いている「昔のハワイ」の死火山の列「天皇海山列」を見るとわかりやすい。北部太平洋西部では、ハワイがカムチャツカまでじわじわと動いてくるくらいの規模の地殻変動が起きていて、その変動がいまも変わりなく続いている。

 最近は見方が変わってきているのかもしれないが、大陸と島はただ大きさで呼び方を変えているだけでなく、そもそも構造からして異なる別の陸塊であり、大陸のほうは上記のような地殻変動が起きても、ゆがんだりひしゃげたりすることはあっても沈むことはない。しかし、島のほうは永続的に存在が保証されているわけではない、地殻変動の成り行きによっては全体が海面下に沈んでしまう可能性もある陸塊だ。

 それなのに、直下に活断層があるとかないとか、耐震構造がどうだとか、ずいぶんスケールの小さいことを基準に、前記の半減期の表に示されているような期間にわたって残る放射性物質を生み出す原子力発電を再開するかどうかを決めている。わたしたちが生きている地球で起きている地殻変動はまったく容赦のないもので、遺伝子として長生きをしたければ、それを基準に賢い生き方を見つけなければならないということを、あの3.11は何より強烈に教えてくれたような気がするのに、またぞろ、地場産業がどうとかこうとか、まるで、自分ではどうすることもできない恐ろしい状況に直面した人が起こすような「意図的視野狭窄」とでも言える状態に自ら進んで陥り、客観的に見れば、将来の子孫のことなどどうでもよい、自分たちさえよければそれでよいと言うような生き方を選択しようとしている(現実的には、これまでの原発の運転ですでに生じている放射性廃棄物の保管だけでも手に余る作業で、地下何キロまで穴を掘って埋めたところで、そんなものをひっくり返すのは、地球からすると何でもないことだと思うのに)。

 まあ、いま生きているわたしたちが生きているうちは、それでもこれが「現実的な判断」として通るのかもしれない。しかし、地球の一生のスケール、あるいは、そこまで行かなくても何千年、何万年のスケールで見ると、それは(たとえまだ海面上に出ている部分があったとしても)間違いなくこの列島の陸塊を誰も住めないところにする可能性のある、ひどく非現実的な国を亡ぼす判断だと思う。


by pivot_weston | 2015-09-01 15:47 | ブログ