大昆虫展、ふたたび

 昨日は、前に「吟品」をやっていたチンさんが、いつのまにか保育園を終えて小学校入学を控えた、かつて「乳児一過性低ガンマグロブリン血症」や何かで走りまわりをさせられたヨシくんをつれて日本に帰っていたので、去年のこの時期にも「昆虫採集と土」で開催をお知らせした東京スカイツリーの大昆虫展に行ってきた。

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 スカイツリーのほうは、真下から見上げると、おお、やはりなかなかのものだなと思わされたが、「上り」希望者のかたがたが建物の中にびっしりと列をつくっていたので、早々にそのとなりの建物「ソラマチ」のほうへ足を向け、その5階のイベントスペースで行われている大昆虫展のほうへ行った(今度小学生になる人は、途中で「妖怪ウォッチ」のゲームに引っかかり、言葉も通じないのに、同じ年頃の子どもたちと、バチバチと視線を交わしながら、それでいて、列の順番はおとなしく守るという、いまから半世紀以上前に、ひとたび目と目が合ったら「血を見る」ような野蛮な雰囲気の中で少年時代を過ごしたおじいさんには、なんとも理解のできない行儀のよさを保ちながら、代わり番こで、ほおっておくとエンドレスになりそうな物腰で、そのゲームに興じていたが)。

 とまれ、今年の「大昆虫展」は、後援団体のひとつにわたしも名前をつらねているので、「知らん」というわけにもいかず、あとで、大のカブトムシマニアと聞く俳優の哀川翔さんが何やらしゃべっている大画面テレビのわきを通っておずおずと中に足を踏み入れてみると、いきなり順路を母親といっしょに歩いていた坊やのところへスタッフルームから監修者の吉村先生が飛んできて、床に膝をついてやさしく昆虫の説明をしているシーンにぶつかった。

 今年は名称も「国際土壌年2015記念『大昆虫展』in東京スカイツリータウン」というくらいで、わたしたちの活動との関係もより深まっているから、当然、「国際土壌年コーナー」も設けられていて、世界中でわたしたちの命を養ってくれている土の標本「モノリス」も展示されている(近頃では、北海道や九州や鳥取などでも、土の意味、あるいは土とのつきあいかたを見直そうという動きが芽生えていると聞くので、今度はそういうところで、もっとプロフェッショナルな土の展示会が行われてもいい。なんといっても、ワインスノッブたちがこぞって「テロワール」という言葉を口にする時代なのだから、野菜や何かについてもその「テロワール」、つまり「土」が語られていいわけで、しかもその場合は、単に「おいしいものができる土」だけでなく、人間が長く生きていくためには、また少し違った土への手のかけかたがあり、そういう視点も含めた土の話も語られるようになると、よく言う「持続可能な」環境対策というものも実質を伴ってくるわけだ)。

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 この「国際土壌年コーナー」の手前のフェンスで囲まれた空間の前には、スタッフがどこか強張った表情で立っていて、なんだろうなと思ったが、ここは「カブトムシ手づかみ体験コーナー」になっていて、おそらく、ちゃんと注意をしていないと、ツノの折れたカブトムシや何かが続出したからだろうが、そのスタッフのおにいさんやおねえさんが次から次へとやってくる子どもたちに「ね、このツノのあるオスのほうは、ここを持てばいい」「ほら、ツノのないメスのほうは、ここをこう撫でてやると前へ進むんだよ」と、これまたやさしく説明をしてくれている。おや、何本も人工的に立てられた木の幹の下のほうを見ると、観覧者の子どもや大人の目があまり届かないところで、せっせと重なり、遺伝子の生命を長らえる営みに励もうとしているメスとオスもいて、ここはいい。先ほどまで「妖怪ウォッチ」に夢中になっていた人も、いつのまにか恐る恐る「生カブトムシ」に手を伸ばし、スタッフのおにいさんが教えてくれた要領を実践・実証していた。

 もっとも、そこを抜けるとまたゲーム。セガかどこか、メーカーの人が用意してくれた「妖怪ウォッチ」の昆虫展バージョンのように思えるそのゲーム機の横に並んで、またまったく知らない同じ年頃の子どもたちに混ざって、半世紀以上前の少年には何とも不思議なアイコンタクトで2ラウンド、3ラウンドとゲームをやっていた。

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 ちなみに、この写真は会場の入口のかたわらに置かれていたオブジェ。ほほう、でかいなあ、と単純に感心していたら、「焼き物」という表示が目に入り、ついスマホのシャッターを切った。


by pivot_weston | 2015-07-30 05:36 | ブログ