時空を呼び戻し、濃くする歌

 世田谷区某所。狭い、薄暗い空間に白くなった頭が対容積比でたくさん集まっていた。みな私生活でなんらかのつながりのある人たちらしい。

 わたしは同業者から「こんなことをやってる」という話を聞き、「じゃ、行きますよ」と言って、出かけていった。それも、一度目は、それでいったん話がつきながら、その直後に「申し訳ないけど、今回は……。またやりますから、次に来て」と言われての出直し参加だったが、その理由もその空間の狭さを見て、よく理解できた。

 折しも「ジュライ・フォース」。当地よりは半日ほどフライングしての独立記念日だったが、その記念日を祝う国で、半世紀ほど前にはやった、情けない失恋の歌や失業の歌のオンパレード。それを、その半世紀ほど前に、ラジオかなにかで聴きながら、いいと思って学校の体育館の陰かなにかでギターをかかえてやっていた仲間たちが、またやっていた。誘ってくれた同業者は「ボーカルをやる」と聞いていたから、まあ、まんなかのほうか、前のほうにはいるんだろうなと思っていたが、なんのことはない、彼ら3人の、その体育館の陰時代からの仲良しグループのコンサートで、背後はプロのピアニスト、ベーシスト、ドラマーの人たちがかためていた。

 ほんとかうそか知らないが、同業者のボーカリストが歌詞の意味を説明すると、身内から「え、初めて知った」なんて声も返っていた(半世紀も意味を知らずにいたのかなあ、わたしも他人のことばかりは言えないけど)。集まった白い頭の人たちも、曲が進むにつれて、体を揺らしだし、そのうしろ姿を拝見していると、ああ、この人はこういう青年だったのかな、ああいう学生さんだったのかな、という想像を誘われる。

 作家の芦原すなおさんの「デンデケデケデケ」の話も出たが、要するに、あの時期、うしろを振り返ることなく、前方に開けてきた世界を自由に模索することを許されていた(もしかすると、そう仕向けられていたのかもしれないが)世代の、半世紀ほど経た上での、「もういっぺん、あのころはできなかったことをやろうぜ」のコンサート。肉体的エネルギーやなにかは低下しているだろうが、世のなかや自分の人生のありようを見てきたせいで、歌詞に対する理解や、あえて声を出す、あるいは出したい切実さは増している。

 そのムーブメントより少し遅れて走ってきたわたしにも、ひとつ、「あっ」と思うことがあった。わたしのとなりにいた人のリクエストでうたわれたオーティス・レディングの『ドック・オブ・ザ・ベイ』。ボーカルの同業者の人が歌う前に「これも情けない歌。ジョージアからサンフランシスコまで来たのに、仕事もない、なにもうまくいかないと思って港に腰かけて……wasting time」と説明するのを聞いたあとで歌を聴いたとき、あ、これ、少し遅れた世代のわたしたちも中学時代に聴いていた、サンフランシスコ出身なのにミシシッピ風の歌ばかりうたっていたクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのベースになった歌かな?――とちらりと思った。

 正確ないきさつなどわからない。ああいうイベントは、ひとりひとりがそれぞれにそんな思いにぶつかり、自分の人生に自分なりの肉付けをしていくことができるところに意味があるのだろう。誘ってくれた同業者の先輩に多謝、多謝(でも、シュープリームズみたいに3人のメンバーが知り合いのお客さんから50cmも離れていないところに並んで立って、いかにも職人さん風のプロのミュージシャンのかたたちをバックにうたう姿はなかなかのものでした)。


by pivot_weston | 2015-07-05 12:29 | ブログ