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体裁という落とし穴

 いつの時代も、体裁を気にするような気持ちは誰にでもあり、目の前に立っている人がズボンのお尻が裂けているのを手で隠すのが見えたりすると、ふふ、と笑って知らんぷりをしてあげたりするものだろうが、そういう些細な気持ちが、ともすると墓穴を掘ることもある。

 オバマ政権が揺れだした。

「ベンガジ」――ホワイトハウスのジェイ・カーニーさんたち報道官の記者会見を見ていると、よく飛び出してくる言葉だった。リビアのベンガジにあったアメリカの領事館が襲撃され、クリストファー・スティーヴンス大使を含む4人が殺されたというニュースが伝わったのが2012年9月11日のこと(たぶん、この日付にも意味があったのだろうが)。大使が死亡するような事件が起こったのだから、当然、国内では、いったい政府はなにをしていたのか、という批判が起こる。襲ったのは150人くらいの武装集団(アメリカの領事館側は、大使など、外交職員のほかにCIAの職員が20人くらいしかいなかった)。テログループの仕業(つまり、計画的な犯行)だろう、政府はテログループの襲撃の危険性を予見していなかったのか、という方向へその批判は向かう。ところが、ほどなく、あれは、その前に(といっても、7月のことだが)イスラム教徒を侮辱するような動画がYouTube上で公開されて、それに怒った人たちが衝動的に起こしたこと――というような見かたがスーザン・ライス国連大使の口から語られた。以来、11月に投開票が行われた大統領選挙の期間中も含めて、「ちゃんとしていたのか」「ちゃんとしていたけど起きてしまった」というような論争が繰り返されているのだろう、しかし、いつまでもえんえんと続けるものだなと思っていた。

 4月になって、ジェイ・カーニーさんの記者会見のときに、いつも真ん前の真正面の席にすわっていたABCニュースの名物記者メジャー・ガレットの代わりに、髪の白くなったインテリそうなおじさんがすわっているのを見かけることが多くなったと思ったら、CBSが事件後のホワイトハウスと国務省とCIAなどのやりとりのメールを入手して公表した。髪の白くなったおじさんはCBSのビル・プラント記者だった。

 メールを読むと、事件前に20人の職員を送り込んでいたCIAはテログループの襲撃の予兆をキャッチして警告していたのに、事件後にそういう資料を発表しようとしたときに、日本のニュースの映像にもときどき登場していた(最近は登場しない)国務省のヴィクトリア・ヌランド報道官が、これじゃ、CIAはちゃんと仕事をしていたのに国務省は怠慢でテログループの脅威を予見していなかったみたいに思われる、議会のセンセがたに怒られる、と思い、CIAの報告書などを書き直し、その結果がスーザン・ライス国連大使の会見になったことがわかったのだという。

 いつも、記者団からズバズバ責められながらも、ああだ、こうだと説明してがんばっていたカーニーさん。でも、金曜日の記者会見では、もうどうにもズボンの綻びを隠しきれないと思ったのか、「いや、ホワイトハウスで報告書を書き直すことはよくあることだよ」「政治的な意図があって書き直したことじゃないよ。『領事館』というのも正確ではないから『外交施設』と書き直したし、単に形式的な修正だよ」「(ヌランドさんは共和党政権時代からの官僚なので)まあ、前政権時代の人がいたからな」などと、あちゃ~、と思うようなことを立て続けに言いだした(その前に、ホワイトハウスは特定の記者だけを呼んで、ひそかに事情説明をするようなこともしていたらしいが)。『タイム』誌出身で、いかにも記事を書く畑にいたらしいところのあるカーニーさんには、前からシンパシーを感じていたけど、その姿を見るとさすがに、あ~あ、と思ってしまった(シンパシーを感じる気持ちがなくなったわけではないのだが)。

 もとはと言えば、ヌランドさんのちょっとした「センセがたに怒られる」の気持ち。もちろん、大使の命が失われたというきわめて重大な問題ではあるけど(でまた、その大使が事前に自分の日記に襲われるかもしれない恐怖を書いていたらしいのだが、それを報じたCNNの記者をまた政府がプライバシーの侵害だと言って非難したらしいので、大使はますます不憫なのだが)、起きてしまったことは時間をさかのぼって変えることはできない。大使のことを考えれば、自分がセンセに怒られることくらいなんでもなかったと思うのに、こういう状況に追い込まれると、ついつい人は(もちろん、わたしも含めてだが)こういうことをしてしまいがちになる。CIAがキャッチしていたテロの脅威に国務省が気がついていなかったというのは重大なことだろうが(だから、当時の国務省の責任者だったヒラリーさんが非難されているのだが)、国民にうそをつき、そのうそをつきつづけるために細工をしていたことは、さらにそれにもまして重大なことだろう(こういう場合、最初に「ちょっとまずい」と思ってうそをついた側は、その重大性を十分に認識できていない可能性があるが)。ともかく、ちょっとお尻の裂け目を隠そうとした行為が大きな問題に発展する可能性が出てきた。Twitterでも"Benghazi"で検索するとツイートのラッシュだ。19世紀のイギリス(出身はインド)の作家ウィリアム・サッカレーの『虚栄の市』でも読み返したほうがいいかもしれない。


by pivot_weston | 2013-05-12 06:17 | ブログ