人気ブログランキング | 話題のタグを見る

海の男

 連休前から海にいた。やっと昨日、船から降りた――といっても、もちろんわたしは文字や言葉や抽象的な概念をいじくるのが商売だから、実際に体が海にいたわけではなく、頭がいただけの話なのだが。

 同業者はいま、この国にごまんといる。みな、たいへんだろうなと思う。技術は日進月歩で進んでいく(いまどき「日進月歩」じゃ、ちと表現にスピード感が足りないような気もするが)。大きな企業で大勢の人が2年も3年もかけて、プロジェクトを組んで、新しい技術を開発していく。その人たちの技術と世のなかとの接点にはさまる文書をつくっているわたしたちに与えられる時間は、ほぼゼロ。技術系の大学だか、大学院だか知らないが、ともかくそういうところを卒業し、世のなかとのコミュニケーションはそのときそのときに「仕事ちょうだい」と言ってくるわたしたちのような業者にまかせ、技術に専念してきた人たちが考え出したことを、「いま空いてる?」「うん」「じゃ、ファイル送るから、やって」と言われた翌日にはもう「どこまで進んだ?」と問い詰められながら、その片鱗くらいだけでも理解していかなきゃいけない。だから、どんなに高度な技術にも、即埋没できる能力が求められるので、体は西新宿の高層ビルの下の狭いあなぐらのような密室にいながら、今週は海、来週は宇宙、その次の週は人の体のなか、とあちこちへ出張しなければならない(毎週、ホワイトハウスのなかにもおじゃましているが)。

 おもしろいと言えば、おもしろい商売。でも、いまの時代の危なっかしいところのひとつで、木だって幹と枝だけの枯れ木のような状態じゃ、持続可能性に欠けてくるし、人の営みはなんだって枝葉末節まで含めて完結するものだと思うのに、それでも一本の大木に与えられている空間にもぐり込むために、葉っぱが茂る空間がなくなってももぐり込もうとする人たちが多くなっているから、葉っぱのわたしたちには、なくてはいけない存在だと思うのに、それでも、これだけ枝先が細くなってもつきたいやつだけつきな、とばかりに、送られてくる養分が絞られてくる。だから、ついつい、わたしたちの仲間の葉っぱのほうも、なるべくしっかりと木にバインドしようとして専門分野を絞っていく。でまた、そこにも大樹式の組織には必ず伴う入退室管理のカードのようなものができてきて、使う言葉(用語)も絞られてきて、今度はそこに、そもそも本来の、一般の人が読んだらどう感じるかという目的などさておいて、用語の決まりはしっかりと守られているかという付随的なチェックポイントに専念する「管理者」が現れてきて、自然な葉っぱの領分はますます狭くなっていく。

 だから、専門分野は絞らない、絞りたくない――というのが起業以来の理念。家具に面取りをするにしても、家具作りに理解のある人にばかりさわってもらって感触を確かめていたら、ほんとうに一般の人がさわったときの感触はわからなくなるだろうから、技術や商品の面取り役のわたしたちもメーカーべったりの感覚に染まってしまうより、今日はええ天気やなあ、と思いながらサンダルでペタペタと街を歩いているおじさんの感覚をいつまでもキープしていたほうが、結局はメーカーにとってもプラスになるはずだと思うからそうしている。

 世界はそういう方向へ向かっている。霞が関の官僚機構と同じで、先進国の論理だけでは、自分たちが清潔で不自然でわがままな暮らしができるのも開発途上国をはじめとする他の世界を利用しているからにすぎないことも自覚せず、次から次へと迷路の道筋ばかりがふえていく。大樹がぶくぶくとふくらんでいくプロセスであり、その論理を推し進めると、いつか大樹が破断点に達したとき、その大樹を中心とする地域全体が荒野と化す。だからアメリカもフレッシュアップが必要だと気づいた(そもそも、いちばんニューフェイスの「元開発途上国」だし、あの国は世界195か国のひとつではなく、194か国の集合体のような国だから、気づきやすい点もあったのだろうが)。それで、現在の開発途上国からムキムキと成長してくる新しい木に素朴な論理を学び、迷路化しつつある自国の組織のあちこちにショートカットを見つけようとしている。今週もホワイトハウスのジェイ・カーニーさんの記者会見の冒頭に、アメリカ全体の「最高技術責任者」トッド・パクさんが出てきて話をしていた。韓国のパク大統領が帰ったと思ったら、今度は国内の最高技術責任者のパクさん。この流れをしっかりとつかまず、いつまでもアナクロニズムのようなうしろ向きのことばかりを言っていたら、景気が回復したと言って喜んでいても、実質的にはこれまで借金をしてつくってきた莫大な貯金を、エンジンが動かなくなって困っているヨーロッパにガソリン代わりに使われるだけに終わってしまう恐れもある。

 ともあれ、今回の「海への出張」では何度か、仕事先の人から「海の男だね」という言葉をいただいた。もちろん、ジョーク、あるいは軽口のかけ合いのなかでだが、そう、実は元「海の男」志願。40年前には、「台湾のほうへ行く船があるけど、おまえも行くか?」と言われていた。いま思うと、あれも実は「資源調査」の航海だったかもしれないが。


by pivot_weston | 2013-05-11 07:41 | ブログ