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ある光景

 オバマさんがイスラエルに行ったらしい。

 シリア情勢。イラク開戦10周年。イラン核開発疑惑。エジプト情勢。ベンガジ米国領事館襲撃事件。ロンドンオリンピック前のブルガリアでのレバノン・ヒズボラの犯行とされるテロ。それに、今度のアルジェリアの事件……まるでそこらじゅうで活火山が噴火を繰り返しているように見える中東のど真ん中に、細く、ちぎれてしまいそうに存在している異空間イスラエル。

 でも、オバマさんがエアフォースワンから降りてくるところから始まる動画を見ていると、明るい日差し、乾いた風景、みんなのズボンや背広をぱたぱたと揺らす風……どれをとってもいかにも中東で、日本とも、ヨーロッパとも、アメリカとも、中国とも明らかに違い、新聞ばかりを見ていると、宗教だか民族だかのためにけんかばかりしているように思えるイスラエルの人も、そのために組んでいるアメリカやヨーロッパや日本の人とは違い、けんかしている相手の中東のイスラム諸国の人たちと世界をともにする仲間なんだなということがよくわかる。

 オバマさんが降りたのはイスラエル中部の、その途中でちぎれてしまいそうな領土の、ちぎれてしまいそうなところにあるベングリオン空港。昔の名前をロッド空港という。かりにタイムマシンがあって、41年近く時間をさかのぼっていたら、オバマさんの歓迎式典を行っていたその空港の空港ビルのなかで、日本人の岡本公三さんたちが銃を乱射して、その場に居合わせた26人を殺していたわけだ。

 日本にいると、いまも中東はその当時となにも変わらないように思える。争い、人殺しばかりを繰り返しており、もしかするとほんとうは、誰かのくだらない経済的利益のために繰り返させられているだけなのかもしれない。

 絶対的「善」の立場に立てる人はひとりもなく、すべての人が「悪」を背負って生きている(もちろん、日本でもどこでも、人の世界はすべてそうだと思うが、中東はそれがよりティピカルに表れている地域だ)。オバマさんと、出迎えたペレスさん、ネタニヤフさんも、そのひとり、というか、そのなかでも、一方では「指導者」と言われ、他方では「悪の権化」と言われている代表格たちだ。

 その人たちが、空港に用意された小学校の朝礼台のようなところに上がって椅子にすわり、ひとりひとりあいさつをした。お、と思ったのは、そのあいさつが終わり、「朝礼台」から降りようとしたとき。どんなときでも人の性格というのは出るもので、向かって右端にいたネタニヤフさんはさっさとオバマさんを促して降りようとする。でも、左のほうに置かれた椅子にすわっていた高齢のペレスさんは、それについていけない。よぼよぼと立ち上がり、よぼよぼと歩きだした。あ~あ、ペレスさん、かわいそう――と思ったそのとき、右に目を移すと、ネタニヤフさんに促されていたオバマさんが足をとめ、ペレスさんのほうへ向いて、高齢の先輩が来るのを待っていた。そして、ペレスさんが来ると、その肩に手をまわし、3人でいっしょに「朝礼台」の階段を降りだした。オバマさんが主賓なのだから、オバマさんが先頭に立って降りるものなのかもしれないが、結果的にオバマさんはペレスさんとネタニヤフさんのうしろに立ち、ふたりの肩をかかえるようにして降りていった。

 ほんと、わたしが近所のおじさんと話をしているときのような、ごくごく自然なふるまい、気遣い。これからの政治に求められるのは、ああいう姿勢だよな、と思った。かりにみんながいろんなくだらないしがらみをきっぱりと抜きにすることができ、あのアラファトさんも生きてあの場にいたら、きっと4人のおじさんたちのなごやかな一団ができていたのだろうな、とも思った。

 ま、なにげなくかっこいいふるまいを見せたオバマさんも、そのあとで乗った愛車のリムジン「ビースト(Beast)」が高速道路でエンコしちゃって、なんともかっこ悪いところを見せちゃったみたいだが、それも人間、人間。ともあれ、わたしたちが、すぐにまなじりを決するようなタイプの人の、結果的にはなにももたらさない主張に左右されず、なにを大切にしなきゃいけないかを思い出させてもらった光景だった。


by pivot_weston | 2013-03-21 20:45 | ブログ