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めっけもの

 いい動画を見つけた。アメリカのPBS(公共放送サービス)制作の動画America Revealed。Copyrightが2011年や2012年になっているので、ご存じのかたはとっくにご存じだろうが、小学生のお子さんなんかが地理の勉強の代わりに見るにはもってこいのように思える。たぶん、わたしが小学生のころにこんな動画が見られたら(ようやくテレビ放送が始まったばかりの時代だったから、そんな仮定はあまりにも非現実的だが)、もともとそっちのけだった学校の勉強をもっとそっちのけにして、何十回も、いや、もしかしたら何百回も見ていたかもしれない。少なくとも、娘や息子が小さいころに見つけていたら、やい、こら、見んかい、と温厚な親らしくやさしく見せてやっていただろう。

 もちろん、PBSはアメリカの宣伝放送をしているようなところ。見ていけば、たとえば、なんや、われわれは鯨に大海原で自由に泳ぎまわる時間を与えてから、殺生を消化する仕掛けとして必要な宗教もからめて、ありがたくその肉をいただいていただけなのに、牛に檻のなかでしか生きる時間を与えずに、そのうえ、工場設備でバラしてしまう連中がつける文句にどんだけの正当性があんねん――というような疑問を感じるところは多々あるが、たぶん、お子さんは、これを全画面表示にして見せてあげたら、これから世界を生きていくうえで感じておいたほうがよいことのひとつは感じとれるだろう(はるかかなたまで伸びる畑の畝(とは言わないだろうが)などは、前から紹介しているダイヤモンド社の『食の終焉』という本の書き出しを読んでから見ると、いまのわたしたちの「食の危機」がどういうものかも、より明確に実感できると思う)。

 やはり、こういうものをつくるアメリカのパワーには感心する。わたしたちもわたしたちの国のこういうものをつくっていかなければいけない(わたしが知らないだけで、あるのかもしれないが)。結果として悪い影響をおよぼしているかどうかはともかくとして(わたしたちは人類の歴史の途中にいる身だから、悪い影響をおよぼさない行為などできないだろうが)、あのスタインベックの『怒りの葡萄』の世界がこうなったんだよという主張。彼らも(おそらく子どもたちに見せて)彼らなりにそうして感慨にひたっているのだろうから、わたしたちもわたしたちなりにひたれる感慨の世界があるはずで、それを表現していかなければならない。

 アルジェリアの事件も、アメリカ政府の銃規制の動き(バイデンさんががんばっている)も、さらに言えば、最近の日本周辺のもめごとなども(そういや、台湾のチンさんが教えてくれたが、そのもめごとのひとつを忍者とパンダが争うアニメにしているNext Media Animationというのもあるらしいが)、わたしたちの世界を彼らの世界に近づけたら、世界の人がうらやむわたしたちの世界のよさが崩れるのはあたりまえ。世界で起きているどんなもめごとも銃火器をつくる会社がつぶれたら起きなくなるかもしれないのだから(もちろん、このインターネットを始めとするさまざまな現代の技術が基本的に軍事研究から生まれているのは人間の歴史のまぎれもない真実だが)、必要最低限の守りは固めるにしても、わたしたちに期待されている戦いは、銃をもっての戦いではなく、銃をもたない戦い、銃をもつにも等しい、いや、それ以上の強い気持ちをもっての軟派の戦いだと思う。アルジェリアの一般の人も、アフガニスタンの一般の人も、銃社会アメリカにいながら銃をいやだと思っている人も、中国にいながらもうそんなに昔みたいにテッポーもって戦うことないじゃんと思っている人も、もっともっと日本が世界を相手にそんな戦いを進めてくれることを期待していると思う……なんて、またいつものように妄想はふくらみにふくらんでいくわけだが。

 でも、PBSでフィードロットのなかに押し込められて工業製品のように育てられている牛を見て、鯨のことを思い出しているうちに、ふと、C・W・ニコルさんのことを思い出した。日本のよさをよく理解、というより、もう同化してある面ではわたしたち以上にそのよさを体現している人のひとりと言えるのかもしれない。お会いしたことはなかったが、わたしが手伝っていた国会議員キミちゃんが国際舞台で理不尽な反捕鯨の主張に反論しようとして援軍を必要としたとき、若いころにお世話になった安井さんという編集プロダクションの社長がニコルさんの代理人をしていたことを思い出し、連絡をとったら、快く会ってくださり、いろいろ話をしたうえで「がんばって」と言ってくれた。そのとき、「安井さんは……」と言ったら、急に顔をしかめて、安井さんのことを思い出しているようすだったが、そのときの表情にニコルさんの内面のありようだけでなく、わたしがお世話になった安井さんの人柄も表れているような気がして、ちょっと、うれしいような、胸を打たれる思いをしたことも思い出した。

 平和は、ひたっているだけでも、単純にまわりの国に合わせて戦うだけでも崩れていくだけ。ひとりひとりが、身のまわりから、できることから、意識をこめてアピールしていかなきゃね。無関係な人、なにもできない人なんて、ひとりもいないはずだもの。


by pivot_weston | 2013-01-26 08:49 | ブログ