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不思議な広告

 まだ妻が生きていたころ、たしか、ウガンダのとんでもなく恐ろしい内戦の実態が報じられていたころだったか、3人も子どもを育ててきたけど、でも、なんか、子どものいる暮らしというのはやっぱりいいものだから、もうひとり育てようか、ウガンダがあんなことになっているから、あそこの子で行き場のない子がいたら、4番目の子として育てようか、なんて話をしていたことがあった。

 1週間ほど前、ぼーっとTOKYO MXテレビを見ていたら、またアフリカの、なんとも切なくなるような光景が映し出されていた。タンザニア。画面の外に、なにか、あゝ、そうなのか、と思えるような事情でもないかぎり、幼な心に見た光景までしか知らずに人生を終えていくしかないように思える子どもとその家族が映っていた。

 気持ちが動いた。出資者ひとり当たり月に4500円くらいの援助を求めているのだという。わたしの口座にあるお金も、似たようなものと言おうと思えば言えるかもしれないが、つい、妻との会話を思い出し、あ、これならできるかもな、と思った。

 珍しいこと。仕事でほんとに、いやになるほどネット検索をしているので、個人的な目的でネットを検索することはほとんどない。それなのに、次にデスクの前にすわったときには、待てよ、どれどれ――と、仕事のファイルを開く前にTOKYO MXの番組をやっていた慈善団体のWebサイトを開いた。

 Googleで検索をしたら、検索結果の表示画面にちらりとその団体の「採用情報」かなにかのページが引っかかってきたのが見え、ほんの1秒ほどのあいだのことだから、正しいかどうかはわからないが、ともかく、そのとたんに、え、なんで、ふうん、ま、そうなのか、と、ふくらみかけていた気持ちに、なにか違った風が当たってきたような感覚を覚えだした。

 当然、団体のWebサイトを開くことは開いても、もうその場ではアクションは起こさない。ま、とりあえずはいいや、それより、仕事だ、仕事、と思って、おそらく、全国の翻訳者の8割がたから9割がたのかたは開いているのではないかと思われる、遠い昔の勤務先のサイトを開いた。

 ありゃ――そう、やはり1秒ほどのあいだに通り過ぎようとしたので、自分の視野の隅に映ったものがなにかをきちんと認識できたわけではない。でも、サブリミナルとはああいうものなのだろう。なにかを感じた。で、画面の隅に目を移すと、あれ、どこかで見たような、というより、ついさっき見たばかりの画像が表示されているのが見えた。

 そう、先の慈善団体の広告。ますます腑に落ちない思いがしてきた。ああいうところに出す広告の広告料金はどれくらいなのだろう、という気持ちが、それほど確かに認識するわけでもなく、頭のどこかをよぎる。でも、ともかく仕事を始めて、やっているうちに通貨の換算が必要になったものだから、今度は自動的に現在のレートで換算をしてくれるサイトへ移動したら、ありゃ、そこにもまた――。

 おいおい。その広告には、「1日ン百円でいいんです」みたいなことが書いてある。待てよ、もうはっきり、納得がいかなくなってきた。「1日ン百円」と言ったって、その何千倍も、何万倍ものお金を自分たちは広告に使っているのではないか。そんな金があるなら、なにより先に、そのお金をTOKYO MXの番組に映っていた子どものために使ってやればいいじゃないか、と思った。

 世界規模で起こっている問題に現実的に対応するには、必要悪、ならぬ必要矛盾なのかもしれない。だけど、あの番組に映っていたあの子とその家族のあの姿がほんとうにあのとおりなのだとしたら、ほんとうにかわいそうなことだと思うが、もう気持ちは、あの子の姿を見る前の気持ちに戻ってしまっていた。ちぇっ、やっぱりまだ世界には、一方では武器を売って金もうけをしながら、一方では「環境」を言い、「慈善」を叫ぶような、ヨーロッパの貴族式の「いやしさのロンダリング」のようなものがはびこっているのか、という、やや冷静さに欠ける思いまでしてきた。

 近ごろ、若いスポーツ選手がなにかというとやたらに「感謝」という言葉を口にするようになっているのも気持ち悪いが、それと並行して、なにかいいことがしたい、人に喜んでもらえることがしたい、と言って、介護の仕事がしたい、ボランティアがしたい、というようなことを言う若い人の姿もよく目にするようになったが、そういう若い人を見たときにもいつも、そら違うよ、と思う。自分がいい人と呼ばれる人になりたいというのがホンネにひそんでいるのなら、それならそれで正直でいいのだが、ただ人に喜んでもらえるようなことがしたいというだけの動機なら、そういう職業や活動にかかわらず、悪態をついたり、つかれたりしながらでも、どこかの現場でせっせと働いて、せっせと税金を払うこと、それであなたの目的は達成されるんだよ、と思う。


by pivot_weston | 2013-01-24 23:37 | ブログ