ときの流れ

こんなタイトル、
過去にも何度かつけているような気がするが、
久しぶりに国立がんセンターのがん情報のページを開いて
またこれを強く意識させられた。

そもそも
「独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センター」なんていう
情報発信元の表示からして、
あれ、こんなだったかな――と思わせてくれる。

あのころは、
四国にいて、
子どもたちが高校や中学や小学校に通っていて、
当時の主役の妻がいて、
今度の主役の母も毎日
「ほな、行てくらいな(じゃあ、でかけてくる)」といって
ばたばたとバッグか袋を引きずりながら玄関から出ていっては、
車であちこち走りまわっていた。

その子どもたちが、いまではみな東京にいて、
ひとりは2児の母となり、
ひとりはヤクルトレディとなってシングルマザーで1児を育て、
ひとりはフランス料理屋のおにいさんになっている。

なんとなあ。
国立がんセンターのページはわたしにとって、
あの昔の、ぱちんとつまみをひねったら部屋のなかを明るく照らし出した
裸電球のようなものだった。

そういえば、
この春に久しぶりに帰った四国の三豊総合病院の周辺は
まだほぼ『妻をガンから取り戻した記録』の当時のままだったが、
あちらでも、新しい病棟の建設がはじまっているらしい。

そして、わたしは、
その本が出て、
当時、草野仁さんがテレビ東京でやっていた「追跡!テレビの主役」
という番組が、
東京にある妻の実家に帰る交通費もつくれずに闘病していたわたしたちに
交通費も出すから来ない――と声をかけてくれ、
その本を最初につくろうといってくれた人で、
妻より先にがんの道を歩んでしまったダイヤモンド社の江種さんが
(テレビ局がとってくれる)一泊だけではなんだからといって、
もう一泊のねぐらを確保してくれた
西新宿のニューシティホテルの真裏くらいで生活している。

えにし、りんね……
いろいろと古い言葉が頭のなかをかけめぐる。

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by pivot_weston | 2011-08-01 11:12 | ブログ