孤独な魂――伊良部秀輝投手へ

プロ野球の伊良部秀輝投手が亡くなったことが報じられている。

結局、そうだったのか――といいたくなるような結末だ。

野茂くんは夢や可能性を求めて海を渡った。
伊良部くんは救いも求めて海を渡った。

自分のおさまりどころをさがしつづけた人
ではなかったのか。

香川にいたころ、
生協の宅配に来るおにいさんが、
伊良部くんが通っていた高校のとなりの高校の野球部の出身で、
しかも、彼と同年代で、
こちらからお願いするまでもなく、
彼がいかにすごかったかを語ってくれた。

野球のすごさだけではなく、
その他のすごさも含めてだ。

その話からは、
大きな体の伊良部くんが
はた目には「のしのし」とか「ずかずか」とかに見えても、
内面では「おろおろ」していたようすが浮かんでくるようだった。

監督をしていた大河さんも
彼のことではずいぶん悩んだのではないだろうか。

内面的にもとてもいいものをもっている人だということは、
ときおりちらりと見せた、坊やのような笑顔でよくわかった。

そして、そんな笑顔になったときには、
少し目が上目遣いになり、
たとえ、身長のせいで上から見下ろしていても、
相手の人を、どこか物陰から仰ぎ見ているような表情になっていた
ような気がする。

わたしたちの感覚からいえば、
達成できるかぎりのことを達成した人のように思えるが、
ご本人はなにも達成できていないようなもどかしさや苦しさを
ずっといだきつづけていたのかもしれない。

まわりの人たちも
どうすればいいのだろう、
どうすれば彼に幸せになってもらえるのだろう
と心を砕きつづけていたのだろう。

なにかとなにかが、たまたまうまくかみあって、
彼に安心してあの坊やのような笑顔でいられる世界が見つかっていれば、
もしかすると、彼は165kmくらい出していたかもしれないとも思うが、
それはただのディテール、
そんなディテールで彼の人生を語っては、
一所懸命に生きた彼に失礼というものだろう。

大きな大きなものをかかえて
まごまごとおさまりどころをさがしながら生きることで、
それを見ていたわたしたちに
いろいろと人生について考えるよすがを提供してくれた彼には、
感謝したい。

合掌。

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by pivot_weston | 2011-07-29 10:06 | スポーツ