海旭 in Strasbourg

昔、アメリカのとても分厚い本を翻訳していたころ、
編集者のかたに「アメリカの人って、すごいですね。
こんな分厚い本を読むんですね」といったら、
「なんかね、向こうの人は、毎晩ベッドにはいって、
こういう本を2、3ページずつ読むのが好きみたいですよ」
といわれたことがあるが、
いまのわたしは、その編集者のかたの返事の
「毎晩ベッドにはいって」を「毎朝」に置き換えた状態。

明治初期の浅草に育った渡辺海旭さんのまだ若き人生を
著者・前田和男さんの筆に乗って、
毎朝、2ページか3ページくらい読んでは、
トロンと眠りについている。

まだストラスブルク。

なんか縁のある町なのかな、
岩瀬達哉さんが「アルザスの恋」をスクープしたのもこの町。
児玉清さんが手紙に書いてくれた吉永小百合さんたちとのドラマのロケの話も
この町での話。
何年か前、四国の遍路道で会ったドイツ人お遍路さん
シュミッツさんが住んでいるのもこの町の近く。
行ったことはないけど、
わたしは人生のなかでこの町の話によく出くわす……
なんてことを考えながら、
青年海旭の当地の宗教関係者をはじめとするさまざまな人たちとの交流を
頭のなかで思い描きながら読んでいる。

前田さんの筆力には、あらためて恐れ入っている。

商売柄、どうしても文章を読むときには、
えーと、この言葉とこの言葉のかみ合わせは?――とか、
待てよ、この言葉の意味は?――とか、
いろいろと細かく吟味しながら読んでしまうのだが、
前田さんのつくりあげた言葉のジグソーパズルは、
ほんと、わたしには、一分のすきもなくぴっちりと組み上がっているように思え、
これだけのものが書ける筆力と、それをふるう土台の豊かさに
毎朝、感心させられている。

ただ、ところどころ、現代の話のように錯覚してしまいそうなところがある。

これは、ほんとうに当時からストラスブルクという町が
現代の日本の町のような雰囲気をもっていたからなのか、
前田さんの頭のなかの創造工場が
事実関係や人間関係のジグソーを組み合わせているうちに
全体の雰囲気がおのずと現代を思わせるものになってしまったからなのか、
それとも、昔というと、昭和30年代の四国の片田舎の
そのまた先の時代を想像してしまうしかないわたしの思考に原因があるのか、
そのへんはよくわからない。

でも、とにかく、
海旭さんの19世紀から20世紀への転換期のストラスブルクでの
現地の人たちや欧州文化との闊達な交流はおもしろい。

あと、この書『紫雲の人、渡辺海旭』の
119ページから122ページの記述、
これはぜひ、機会があればみなさんもじかにごらんあれ。
全巻500ページの本のなかのこのページ数だから、
著者の前田さんは今回の震災のかなり前に
このページの記述を生み出す背景となった事実を取材していたわけだ。
ふむ、と考えこむ気分になる。

……と、
いつもながらにのんきなことを書いていたら、
Amazonから野田正彰さんの新刊『現代日本の気分』の案内が来ている。

やはり、若いころにお世話になり、
わたしがもっとも信頼しているかたのおひとり。
『陳真』という本でも、野田さん独特の息遣いをたっぷり堪能させていただいた。
あゝ、もっとのんびり読書に費やせる時間があれば……と、
遅読の自分を顧みることもなく思う午後なのでありました。

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