黒一色(茂木さんの連続ツイートをヒントに)

茂木健一郎さんが「身内の恥」について連続ツイートしている。

いまパリにいる茂木さんから見ると、
どこにも救いがないくらいに自国の政治をたたきまくっている
日本が見える。
まるで井戸端で「うちのとうちゃん」のことを
どこにもいいところがないくらいにけなしまくっている
かあちゃんの姿を見るようなものなのかもしれない。
でも、そんなことをするのは日本だけかと思ってまわりを見ると、
世界中どこの国も同じようなことをしている……
というお話。

これはほんと、顕著だ。

先日、ジャーナリストの岩瀬達哉さんからいただいた週刊現代を開いたときも、
実は「あんじゃる~(気持ちわる~)」と思った。

岩瀬さんの「キツネ目の男」の連載記事は別として、
巻頭から、こんなことを書いてだれが幸せになるのか、
と思える記事ばかりがならんでいた。
正直なところ、これは世のなか全体が一種のビョーキではないか、
とも思った。
巻末近くの「いまあの人が生きていれば」という記事にいたっては、
目の前の現実に目を向けずに、過去ののんきな時代のヒーローたちに
実像以上のものを思い描く姿勢があらわになり、
「田中角栄」について書いている先頭の早野透さんの記事などは、
最初の数行を読んだだけで、そのステレオタイプの言葉のオンパレードに
ほんとうに吐きそうになった。

なんだろうね。

この国は、
原発の爆発なんてものではとうていすまない、
原子爆弾の投下も体験してきた。

わたしの子どものころの記憶をたどっても、
まだ「原爆症」で苦しむ人たちがあちこちにいて、
そういうことに対する怒りも激越だったが、
だからといって、
世のなかがこんなふうに黒一色で塗りつぶされるようなことはなかった。
みんな、状況がほんとうに深刻だったからこそなのか、
現実の理不尽さに怒りや納得のいかないものをいだきながらも、
どこかでは、とはいえ希望もなけりゃ生きていけないということを心得ていて、
こんなご時世になにを能天気な――とそしられようがどうしようが、
ふざけた話や、おもしろい話や、希望がわくような話を
負けずに繰り出していたような気がする。

いまは、本来なら勇敢にそういう役どころを務めるはずのお笑いの人までが、
怒られるのが怖いのか、テレビで政治問題や時事問題にコメントし、
「批判」というどす黒いものを世のなかに広めている。

それだけ、世のなかが豊かになり、余裕があるということなのか。
たとえば、断崖絶壁から落下するという絶体絶命のときでも、
案外、人間はそれしかないとわかると、
自分の人生で楽しかったことやなにかを思い出し、
まだ生きている自分の心をなぐさめるものかもしれない。

それが、たとえ断崖絶壁から宙に浮いてしまったものであれなんであれ、
目の前の自分が生きている時間をよりよいものにしようとする、
人間という生き物に本来そなわった心の姿勢ではあるまいか。

それが、いまは「黒一色」。

やはり、みんなまだまだどこかに余裕のある暮らしをキープしているのだろう。
そうとしか思えない現象ではある。

茂木さんが指摘しているように、
これはいま、世界中の国で起きている現象でもある。

で、茂木さんのツイートを読みながら、ふと思った。

もしかすると、いまは国という枠組みが変化しているときなのかもしれない、
と。

便宜上、わたしたちはいつの時代の政治的なまとまりの単位も
「国」という言葉で表現したりしているが、
その時代その時代のその「国」の実態や内実は
まったく異なっている。

で、その国の実態や内実の激変期、あるいは移行期には、
たいてい動乱が起きている。

いま、わたしたちがイメージする「国」というものができたのも、
65年くらい前といっていいのではないだろうか。

長い安定した期間だったけど、
もうヨーロッパでも、ロシアでも、
その当時の「国」の輪郭は変化している。

そしていまは、もしかすると、
歴史上ではじめて、地理的な枠組みに縛られない、
なにか新しい人間の集団ができつつあるのではないか――
なんてことも、ふと思った。

「批判」は、純然たる「怒り」や「疑問」の発露の場合もあるが、
だれかの「浮かぶ瀬」として利用されることも、ままある。

人が自分の「浮かぶ瀬」を求めて「批判」や「攻撃」をするときには、
たいていなにかよじれたものがその内面にある。

そういう意味で、いまはみんなのなかになにかよじれたものが鬱積しつつ、
国という輪郭が変化しつつある時代なのかもしれない、とも思う。

家族崩壊の時代だ。
茂木さんのいう「身内の恥」も、
実は身内のものと認識されていないからどんどん噴出するのかもしれないが、
わたしはもう半世紀以上も生きてきた人間だから、
いいも悪いも、生まれたきたばかりの赤ん坊も、衰え消え行く人たちも、
みんなをひっくるめてやりくりしてきた過去の世のなかの味わいがなつかしく、
みんなのためだ、悪者になったっていいか――
人間の世のなかだ、うまくいかないことだってあるさ――
さあ、不細工でもなんでも、みんなで仲良く楽しくやっていこうぜ――
そんな声がぽつぽつとあがってくるのを期待している。

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by pivot_weston | 2011-07-10 16:54 | ブログ