細野さんのこと

細野豪志さんが原発事故担当の大臣になったという。

首相補佐官として原発事故対応・広報担当になったときから
いい人事だと思っていた。

国会に出入りしていたころ、
民主党の内部で選挙戦術の研修会があり、
閣僚経験者のMさんと細野さんが話をしてくれた。

最初に前に出たMさんの話はおもしろかった。

不動産の営業などもなさったことがあるらしく、
まるでどこかの企業の営業マンの全国大会で、
今年のトップセールスマンに選ばれた人が
誇らしげに自分のやりかたを披露しているように、
上手に抑揚をつけた話しぶりで、
適当にユーモアも交えながら、
どんどん聴いている者の心をつかんでいった。

ふむふむ、ふぅーん、そこまでやるかあ――という感じだ。

そして、講演者が細野さんに代わったとたん、
その、力感あふれる抑揚豊かな言葉が響きわたっていた会場内に
なにやらシーンとした雰囲気がひろがり、
そこに、あの、聴いている人の喉まで撫でていくような
細野さんのひっかかりのいい声がやや物足りないボリュームで響いた。

おや、やはりMさんのほうが一枚上手なのかな――
正直なところ、最初はそう感じた。
だが、そこは大勢の人に票を入れてもらって当選してきている人だ。
細野さんのほうもなんだかんだと話を聴かせていく。

そして、気がついてみると、
いつのまにかわたしはその話にじっと耳を傾けていた。

Mさんがディズニーランドのようになにもかもつくった感じなら、
細野さんのほうは対照的に、
素朴で、自然な人だ。
わたしより若いだけあって、
そういうところにはところどころ、
やや若さを感じさせるところもあったが、
なにより印象に残ったのは、
お、この人はなにがあっても逃げないな、
と思わせてくれたところだった。

その研修会が終わってしばらくして、
がらんとした国会議員会館の廊下を歩いていたら、
目の前をとぼとぼとうなだれて歩いていくもっそりした人のうしろ姿が見え、
議員会館のなかではあまりそういううしろ姿を見かけないものだから、
誰だろうと思って近づいてみたら、細野さんだった。

なぜだろう、このときも、
やたらと自分をどう見せるかばかり考えている議員が多いからだろうか、
だれもいないと思っていたからかもしれないが、
ひっそりとした廊下をもそもそと歩いていく細野さんのうしろ姿に、
お、こいつは信用できるやつかもしれないな、と思わせるものを感じた。

そりゃあ、国政の一翼を担う身となれば、
補佐官であろうが、大臣であろうが、
1000人や2000人の人は下に従える。

そのうちのだれかが失敗をしてもすべて責任を負う立場にあるのだから、
こら、なにやってんだ――と怒られることはある。
そういうときに、なにがあっても「逃げない」という要素は大切だ。

いつもわたしがたとえる金比羅山の石段にたとえると、
500段くらいまで上がっていて、一気に下まで転げ落ちたりしたら、
そりゃあ、みんなから非難の嵐を浴びせられてもしかたがない。
でも、500が0になったのは、たしかに取り返しのつかない大きな失敗
かもしれないが、
そこでわたしたちにできる最善のことは、
立ち止まって泣いたりわめいたりペコペコしたりすることではなく、
いまある状況を少しでも好転させること、
つまり、たとえ500段が0段になったとしても、
また目の前の1段に足を踏み出すことだ。

どんな状況でも、わたしたちにできることは、
そうして目の前の1段に足を踏み出し、
それを積み重ねていくことしかない。

あくまで限定的な見聞にもとづく私見にすぎないが、
細野さんという人は、そういうことができる人のような気がするので、
今回の人事もいい人事だと思う。

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by pivot_weston | 2011-06-28 22:00 | 政治