別離のマネジメント

作家の井伏鱒二さんが
于武陵さんという人の「勧酒」という詩の結句を
「さよならだけが人生だ」
と訳している。

人生ははかない(だから、今日はいっしょに飲もう)
といったニュアンスだ。

わたし(55歳)くらいの年齢になると、
このように感じる心のはたらきが強くなる。

若いころには、
肉体にも、精神にも、知能にも、
新たにプラスされるものをよく感じたものだが、
どの方面においても、
知らないうちにマイナスされているものがあることに気づくことが多くなる。

なかには回復可能なマイナスもあるかもしれないが、
その多くは回復不能なマイナスだ。

わたしたちの命が
ひとりひとり個別の枠で体験されるしくみになっている以上、
わたしの枠のなかで回復不能になったものは、
もうどうやっても回復することはできない。

この宇宙で
二度と実現することのないもの、
わたしの命とともにこの宇宙から消えていくものだ。

だけど、
消費活動がもっとも盛んな年代をターゲットにつくられている
テレビ番組などを見ていると、
へたにその時期の内面などを先に体験しているものだから、
ついいまの自分が置かれている現実を忘れ、
能天気なことを考えてしまう。

それでも、わたしたちの心の画面で、
画素がひとつ、またひとつとブラックアウトしていき、
いずれは画面全体がブラックアウトしてしまうのが
動かぬ現実である以上、
そんな、能天気な自分に気づくと、あわてて、
どのへんの画素はブラックアウトしていくにまかせ、
どのへんの画素は極力ブラックアウトしないように
メンテナンスしたほうがよいだろう、
などと考える。

喪失のマネジメント、
別離のマネジメントだ。

11年前の妻にはじまり、
21世紀にはいってからはずっと、
ほかのがん患者さんのサポートや、
ホスピスのボランティアなどを通して、
多くのみなさんの、そのマネジメントのお手並みを拝見してきた。

22歳でブラックアウトしたかたもいた。
40代でブラックアウトしたかたもいた。
90代まで生きてブラックアウトしたかたもいた。

完全にブラックアウトした状態から考えると、
また、わが家の墓地にならぶ64個の墓石のなかの、
幼くして亡くなった人の小さな墓石などを思い出すと、
生きた年数の長短は、最終的にはあまり問題ではないような気もする。

ともあれ、この別離、ブラックアウトをいかにマネジメントしていくか、
これは、若い人から見るとネガティブな姿勢に見えるかもしれないが、
前記のような状況に立たされた人間にとっては、
とてもポジティブな姿勢といってよいだろう。

ポジティブがプラスに向かう姿勢しかささないとしたら、
それはあまりにも一面的すぎる。

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by pivot_weston | 2011-06-19 10:47 | ブログ