震災3か月を前に

TBSが震災後の被災地の取材映像をまとめて放送していた。

3月11日午後3時前、
それまで長く定着していた海岸線が移動しはじめたときの映像。
迫りくる海岸線が人間の快適なすみかだった町を飲みこんでいく映像。
飲みこまれたあとの、町と海が完全にオーバーラップしてしまった映像。
海岸線がまた引いたあとに残された、がれきの山と化した町の映像。
そこでやり場のない喪失と同居し、生きている人たちの映像。

あの地震のあと、
震源地がわたしのいた東京近辺ではないことを知ったのは直後だったし、
それまでの地震ではあまり耳にしなかった
明確な海面上昇の徴候を示す津波のデータを耳にしたのも
地震発生からそれほど間もない時刻だったが、
東北から関東にかけての沿岸部がその津波で壊滅的な被害を受けたことを
はじめて知ったのは何時ごろだったか。

正直に書くと、やはり、と思った。
なぜ、とも思った。

その気持ちを、何度もまわりの人たちに伝えようとしたが、
ふたことみこと、胸につかえていた言葉を吐き出すと、
それ以上続けるのは思いとどまった。

いろんな意味で、そうさせるものがあった。

わたしは地震のことも津波のことも本格的に勉強したわけではない。
しかし、38年前、仙台の大学にはいったときには、
地球のことや海のことが勉強したいと思い、
残念ながら成績が悪くてその夢はかなわなかったが、
地震や津波に関する専門書のたぐいは読んでいた。

そのころ読んだそういう本のなかで、
確か、今回くらいの津波の高さは、
計算の結果として予測されていたと思った。

いまでは、たどれるものがあいまいな記憶しかないので、
いいかげんなことを書いてはいけないだろうが、
確か、10mとか20mとかいう記述はあったと記憶している。

とにかく、大きな津波が三陸のリアス式海岸の入江に進入したら
とんでもない高さになるという記述はあった。

やはり、と思い、なぜ、と思ったのも、
そのためだ。

震災後、いろいろと伝えられる報道を見ていて、
三陸の町では、津波対策として
10m規模の防波堤が築かれていたことはわかった。

では、ほんとうに
その防波堤建設の根拠にあったはずの
学問の計算結果や想定ないしは想像を超える津波だったのか。

そこが、ずっとしっくりこない。

わたしが大学時代に読んだ本から受けた印象では、
三陸では津波が今回くらいの規模になる可能性がある
と感じていた。

その印象は、
三陸をはじめとする津波の被災地でも共有されていたのだろうか。
そんな思いがあるからか、ずっとしっくりこない。

学問の世界の人たちがそれによって得た情報を
対象となる地域の人たちに正確に伝えていなかったのだろうか。

わたしの子どものころの記憶にも残っているチリ地震津波のあと、
十勝沖や北海道南西沖の地震で津波の被害が出ていたが、
しばらく、少し大きな地震が起きて津波が発生しても
それほど高い津波にならないことが続いていたので、
ついつい、まあ大丈夫だろうという安心感が生じ、
学問の世界の情報は伝えられていても、
それが無視されていたのだろうか。

わたしの「なぜ」は
そうした疑問に対する答えがどこにあるかわからないところから
湧いてくる。

TBSの取材映像集は、
被災地の現実や被災者の悲しみややるせなさを伝えることに
ウェートを置いていた。

そんな現実が続いているときに、
こんな思いをいだくのはひどいことなのかもしれない。

しかし、ほんとうに二度とこのような悲劇を繰り返したくないなら、
学問の世界の入口で、それも遠い昔にわたしが学んだことくらいは、
広く周知されているようにしなければならないのではあるまいか。

えんえんと続く今回の震災に関する報道などを見ていると、
まだ自然界に対する畏怖の念が欠落しているのではないか、とも思う。

いくら人間の文明が進んでも、
それは自然の力に打ち勝ちうるものにはならない。

わたしたちは安全で快適な生存など保証されてはいない。

それなのに、
いくら「想定」の内容そのものに問題があったとはいえ、
また、大切な人を亡くした多くの人の心をなぐさめるには
そうするしかないのかもしれないが、
「想定外」や「未曾有」という表現を使うことそのものを
封じようとする動きもある。

そこには、
つくりものの文明生活の基準で自然界への対応を求める
人間のおごりのようなものも感じる。

そして、いままた
がんばろう、地震になんか負けないぞ、という気運のなかで、
海沿いの低地に町が再建されそうな危惧も感じる。

海沿いに空白地帯ができたら、不便かもしれない。
それに、またこれからも長く
地震が起きても、津波が発生しても、
大きな津波の来ない期間が続くかもしれない。

しかし、だからといってまた海沿いの低地に町を再建したら、
わたしたちはこの震災の教訓を生かすことになるのだろうか。
いかにその町を人工の造形物で要塞化するにしても、
そんな人間の作為など、
いつか必ず吹き飛ばされるときが来ることは、
なにより今回の原発事故が物語っているように思われる。

これから何十年か何百年かたったとき、
なにも知らない子どもたちが海沿いにある空白地帯を見て、
なんで不便なのにこんな空白地帯を設けているのかときいてきても、
津波を引き起こす自然の力の恐ろしさが
その子を納得させるように語り継がれているようになってもらいたい。

今回の津波も、ヒロシマやナガサキと同様に語り継ぐべきものだ。

復旧、復興を指揮する政治や行政の世界の人たちには、
どうか自然に対する畏怖の念は忘れないでいただきたい。

被災地の人も、亡くなった人も、学問の世界の人も、
みんなの営みを無にしないために、そう思う。

TBSの取材映像集は貴重なものだし、
わたしたちに多くのことを語りかけてくれるものだろうが、
基本的には、
こんな取材はもう二度としなくてもいいようにするのが
わたしたちみんなの願いだと思う。

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