経済や経営の話をする人のなかに、
この表現を使う人をときどき見かける。
この表現が使われだしたのは、いつごろからなのだろう?
もしかするとあのころか――と思う時期がある。
まだワープロ専用機もろくに普及していなかったころ、
悪筆の新書ライターのかたがたの原稿の清書
の仕事をいただいていた。
「英会話」をネタにした新書の著者たちだ。
世のなかでは「リスクをとる」なんていう表現を使う人は見かけなかったが、
そのなかにおひとり、
やたらとこの表現を使う人がいた。
take a risk
の直訳語だな、ということはすぐに察しがついた。
そのかたの原稿のなかでこの表現にぶつかるたびに、
なにやら、未熟さや生硬さのようなものを感じ、
清書をしているこちらのほうが気恥ずかしくなった。
それでも、そのかたの本は売れていた。
日本語には、「とる」ではなく「負う」という表現がある。
「危険を冒す」という表現もある。
それでも、そのかたはやたらとその表現を使う。
背なかで「負う」のではなく、体の前で「とる」とすることに、
なにかそのかたなりに意図している特別なニュアンスがあるのか――とも思ったが、
何度原稿を読み返しても、そういうものは見えてこない。
まさか、「リスクを負う」や「危険を冒す」という表現が思い浮かばなかったのではあるまいな――と、
ふつうは本の著者に対して湧いてこないような疑問も湧いてきた。
そのかたの原稿は、
その表現を除いても、論理がきわめて粗雑で、自意識ばかりが前面に出ている原稿だった。
一原稿清書者の立場でも、たまりかねて、
鉛筆で、言いたいのはこういうことではないの?――と「疑問出し」をすることもあった。
確か、この「リスクをとる」という表現についても疑問出しをしたことがあったと思う。
それでも、そのかたの本は、
そういう、わたしにとっての疑問点が解消されることなく出版され、
売れていた。
いまでも、どこかで「リスクをとる」という表現を使っている人を見かけると、
そのころの記憶がよみがえり、気恥ずかしくなる。
でも、この表現を受け入れている人も少なくないらしい。
なんなのだろう、こういう現象は?――と思う。
ちなみに、アルクの「英辞郎」でtake a riskの意味を検索してみると、
「リスクを負う」「危険を冒す」という表現が出てきた。
よかった。少し安心した。
「リスクをとる」
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