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オズの魔法使いの国(スロベニア記・その8)

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そこは、
ジュディ・ガーランドがカカシやブリキの人間やライオンと
腕を組んでスキップしていた世界を思わせるようなところだった。

かつて、中世の時代に
十字軍が砂糖をめざすアリの大群のようにぞろぞろと列を成して通過していった
なだらかで、まるみを帯びたジェルザーレムの丘陵地帯は、
傾いた日差しにやわらかい色に染まり、
途中で津和野のような古都プトゥーイのたたずまいを目にしていた影響もあるのか、
どこか別世界に迷い込んだような観があった。

西のカルスト地方のほうへ行くと
石灰岩の岩肌をイメージさせる酸味のきつい赤ワインがとれるスロベニアでも、
ずっと内陸に入り、ハンガリーが近づくと、
やはりトカイワインの系譜に属する白のスイートワインが造られている。

そのなかでもひときわ高く評価され、
スロベニア国民から愛されているのが、
このオズの魔法使いの国の住人スタンコ・チュリンさんのワインだ。

チュリンさんのワインのすばらしさは、
まずなによりもチュリンさんが造ったワインであるところにある。

わたしも指物師の孫で、
その指物師の細工場で遊んで育ったので、
ひとりの人間が造るものの輪郭や持ち味は、
なんとなく漠然と胸に焼きついている。

四国の田舎で指物大工が造っていたもののように、
ハンガリーに近いとはいえ、トカイの産地から外れたところにいるチュリンさんのワインにも、
哀しい限界はある。

だが、大勢の人間が寄ってたかって、さまざまな技術を総動員して造ったワインのような
別の哀しさはない。

そして、その哀しい限界のなかで
チュリンさんのワインはチュリンさんのワインとしてきわめられている。
これ以上気の配りようがないほどきわめられている。

わたしたちが丘の上の、なんの変哲もない一軒の農家のようなワイナリーにおじゃましたときも、
チュリンさんは丘の斜面のぶどう畑に出ると、もう老人ではなかった。
急な斜面に足をすべらせることもなく、子どものように目を輝かせて、
ぶどうの列から列へと移動しながら、
スイートワインのもとになる干しぶどうのようにしなびたぶどうをちぎっては、
「どれ、これを食ってみろ」「ほら、これも食ってみろ」
と勧めてくれる。

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幸せな人だ。
若いころにはナチの増産要求に敢然と抵抗した気骨も前面に出ていたのかもしれないが、
いまは、スイートワインひと筋に生きてきた職人の幸せのオーラが出ている。
いまでも誰かが「おれのワイン」と言えるようなワインのなかで、
あそこまで健気に造られているワインというのは、
世界でも稀有なのではあるまいか。

そんなことを思いながらチュリンさんのワインを飲むと、
チュリンさんの幸せがグラスにも少しはこぼれてくるかもしれない。

by pivot_weston | 2009-05-22 08:58 | スロベニア