四国の寿司処

夜なかにふと思い出したので、
本日はグルメ案内をひとつ。

なかなかの「本格派」だと思う。
こういうところで紹介すると怒られるかもしれないが、
なんとなく「流れ」を感じたので、書いてみる。

わたしの自宅は四国の香川県・観音寺(かんおんじ)という町にある。
地方の小都市の例にもれず、
中心街は夜になるとゴーストタウンのようになる。

だが、そこに1軒、
全国、いや、ことによると世界のグルメの間でも
ひそかに知られているかもしれない店がある。

何年か前まで、
わたしは母から名前を聞くだけだった。
あ、いや、名前を聞いて、母が買ってくる「太巻き」はいただいていたか。

なにかあると、母はすぐに、
「“みらくる”の太巻きを買うてくる」と言う。

買ってきた太巻きは、ほんとうに太くて、とてもおいしい。
具が端正に区画整理されている感じで、シャリというのか、ごはんというのか、
ま、その部分が節度をわきまえた「地」となり、「背景」となって
上手にその端正に整理された具の味を引き出している。

でも、貧乏なわたしやうちの子どもたちはそこまで。
お店にうかがうことはなかった。

ところが、あるとき、
母がその「みらくる」さんから英語の雑誌記事のコピーをもって帰ってきた。
で、「おまえ、“みらくる”のサイトーさんがこれを翻訳してくれるかと言うんや。
訳してあげてくれるか?」と言う。

おい、こら、なんぼ母親かて、息子の商売、勝手に約束してくな、
と言いたいところだったが、ま、いちおう、「なんで?」と訊いてみた。
「なんかサイトーさんのことが書いとるげな(書いてあるみたいだ)」と言う。
ふぅん、だが、見ると、雑誌『ニューヨーク』の記事だ。
な、なに、どこにその「サイトーさん」のことが……と思ってちらちらと記事に目を走らせると、
ありゃ、どこもそこもない、その記事全体が斎藤さんの話だ。

ニューヨークにクリントン元大統領も食事に行く
「ダニエル」という有名なフレンチのレストランがある。
あるとき、そこにニューヨーク中の名だたるフレンチのシェフたちが集まり、
その前で、日本から来たSaitoという寿司職人が寿司を握った、
とある。

おい、おい、これはえらいこっちゃ。
なんや、観音寺にもとんでもない人がいるんやな、と思い、
あわてて記事を訳し、母といっしょにその原稿を届けに行ったら、
これがまた、なんとも柔和で飾り気のない「かおんじ」(ネイティブは「観音寺」をそう呼ぶ)の人。
「ありがとなー、ひろっさん」と、にこにこしながら大きな声で言う。
で、ついでにちゃっかり、そのニューヨークのシェフたちが舌鼓をうったお寿司をいただいたら、
なるほどな、シャリをつつむネタがまた端正なたたずまいで、
口当たり八分、喉越し十分とでも言えそうな、抑制された味わいがある。

でも、まあ、それはそれとして、
ふむふむ、ほうほう、と言ううちにときは過ぎ、あるとき、
観音寺とはなんの縁もゆかりもない山梨のワイン会社、ルミエールに行ったときのこと。
会長の塚本さんご夫妻が「この前、ニューヨークでワイン会をやりましてね」とおっしゃる。
ん!?――と、ピンときた。でも、まさか、だ。
ところが、その「まさか」がほんとうになり、ご夫妻の口から「ダニエル」の名前がぽろりと漏れた。
しかも、その「ダニエル」のオーナーシェフのダニエルさんも日本に来て、
盛大にワイン会を開いたと言う。

なんや、なんや、そんなことなら「味楽留」の斎藤さんにもはよ知らせんと、と思い、
四国に帰ってさっそく斎藤さんのところへおじゃましたら、
「ああ、そのパーティやったら、わたしらも行ったがな」だって。

てなわけで、なんとも奇遇なことに、
わたしの右前方に見えてきたひそかなスゴ腕寿司職人と、
それより15年ほど前から左前方に見えていた、
ヨーロッパで知られる日本のワイン醸造家の雄が結びついたわけだが、
この斎藤さんの「味楽留」、
四国までお出かけの機会があれば、
どうぞ一度お試しあれ。

ともかく、端正。
四国の海べりの町まで行くと、鮮度だけなら、
町なかでかごを押して魚を売り歩いているおばあちゃんたちのネタだって最高クラス。
斎藤さんのお寿司には、そこに端正な「手」が加えられている。

それをめっけて、
全国からひょっこり食べに来る人たちのなかに、
WBCの監督をやっている人もいたような気がしたので、
夜なかにふっと思い出したわけでありました。

あ、味楽留のお寿司、食べたい。

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by pivot_weston | 2009-03-24 08:05 | グルメ