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ブルートレイン

ある親類がいた。

その人は、戦後、
四国の田舎で政治活動をしようとして失敗し、
経済的にも破綻し、東京へ出た、と聞いている。

あるとき、
その人の3人の息子の長男から、
「その夜」のことを聞かせてもらう機会があった。

まだ3番目の息子、つまり、
話をしてくれた人から言うと末弟は生まれていないころだったが、
それでも、列車の座席で「その人」の膝を枕にしていた
幼い少年の胸に、夜の闇と一体となって押し寄せる
恐怖や不安はあったという。
だけど、両親の様子を見ると、それも口に出せず、
東京まで夜行列車に揺られてきた。

そして、「その人」はある大学を興し、
幼い少年も「理事長の長男」となったが、
それでも、その話をしてくれるときには、
そのときの恐怖と不安がいまだにさめやらないような顔をしていた。

もちろん、夜行列車と寝台列車は違うが、
そういう、夜の列車の空間が、またひとつなくなるのだな、
と思いながら聞いた昨日の「富士・はやぶさ」の引退報道だった。

そういえば、わたしと妻が
結婚の許しを得るために四国へ帰ったときも、
まず乗ったのは、例の名物列車「大垣行き」だった。

明け方に名古屋に着くまで、
デッキにまでぎっしりと立った乗客のなかに、
手のひらになにやらマジックでメモを書いた
小学生らしい少年が、
その手を握りしめてじっとしゃがんでいた。
あの少年も、いまでは、お元気なら40を過ぎているだろう。

いろいろな人生の交錯の機会を提供してくれる
夜の列車の空間も悪いものではないような気がするのだが……。