We Shall Overcome ...

やはりこういう時代は来るものなんだ。

小学校2年生のときにケネディ暗殺を見た。

父親の机の下で遊ぶジョン・ジュニアと
キャロラインの姿が身近に感じられた。

中学校1年生のときには、
キング牧師が撃ち殺され、
ジョン・Fの弟ロバート・ケネディが撃ち殺される
ところを見た。

その後、わたしたちを巻き込んだ世界の学生運動ブームのなかで、
人とつるむのは拒みながらも、片隅で、
どこかに、なにかをどうにかしたい、
という思いをいだきつづけてきたのは、
こうした事件が背後にあったからではないだろうか。

世のなかがよくなっているとは、とても思えないことがある。

でも、アラバマ物語やメキシコ・オリンピックで感じた理不尽さは、
もう感じなくてもいいものになったのかもしれない。

ジョーン・バエズさんが歌ったワシントン大行進と同じ場所が
また違った思いの群衆で埋め尽くされた光景には感じるものがある。

個と全体。
なにも厳密なことは言えないが、
現在大流行中の量子力学の意味も、こういうところにあるのかもしれない。

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by pivot_weston | 2009-01-21 05:42 | ブログ