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エンダン

このところ、おかしなことが続いている。

わたしは大学を中退し、
翻訳という職人の世界に飛び込んでから、
ずっと、貯蓄も財産もなく、
体ひとつで生きてきて、
家族ができてからも、
その体ひとつで家族のその日その日の生活費を
どうにか稼いで生きてきた。

そういう人間だから、
当然、いろいろな前提条件を踏まえての、
「縁談」などというおつきあいのシステムとは
まったく無縁だった。

9年前に亡くなった妻は
わたしと知り合うまでは
ごくごくふつうに
人生のもてるものを着実に積み上げていく人たちの世界にいたので、
結婚するまでに何十回もの「見合い」を経験していた。

「いいなあ。おれも経験したことがないのはしゃくだから、
生きているうちにいっぺんくらいお見合いというものをしてみたいなあ」
と言うと、
妻はいつも、ふふふ、と笑いながら、
「してみれば。でも、おとうさんじゃ、
お見合いの前提になるものがなにもないじゃない」
と言っていた。

前提ゼロの身分はいまもまったく変わらない。

なのに、去年は、どういうわけか、
2008年11月5日付の「短パンTシャツのおじさん」に書いたロイさん
の奥さんが、わたしがひとり身だと知ると、
母国の韓国に住むお友だちを紹介してあげると言いだした。

ま、お酒の席でのことでもあるので、
「はいはい、まあまあ」とかなんとか言って適当に返事をしていたら、
しばらくたったら、その奥さんからお電話があり、
「この前言っていた友だちが来たよ」と言う。

おいおい、だ。

ロイさんなんて、年収億単位の人。
世界中を講演かなにかをして歩いていて、
ある日、「今日は赤坂で買い物をしてきちゃった」と言う奥さんに
「なにを買ったんですか?」と訊いたら、
「マンション」なんて、とんでもない返事が返ってくるような人。

いらっしゃったお友だちもそれに近い世界におられるらしく、
わたしがスッカラカンの人間だよと言って、
「あ、こんな男、さっぱりだめだわ」と思ってもらおうとしても、
「お金なら、あるわよ」と言って、ふっふっふっと笑っておられる。

そう、ふっふっふっ、だ。ふふふ、ではない。

でもって、鼻で笑ったところで席を立たれるのかと思いきや、
そんな気配はみじんも見せず、そのあげくに
「また来る」とおっしゃって、現に、またいらっしゃった。

そうなると、申し訳ないが、こちらは逃げの一手。
「申し訳ない。今日は忙しい」の一手で、
どうにかロイさんの奥さんとそのかたからの電話攻勢は終息に導いた。

で、慣れ親しんだ貧乏暮らしのなかでほっとひと息ついていたら、
今度は、チンさんのお友だちのHさんという人が
「上海出身でいい人がいる」と言いだした。

そのかたも、お金は充分におもちで、
日本での永住権もすでに取得しておられるらしい。

それなら、なんでこんな男に――と思うが、
Hさんの勧めかたは猛烈かつ強引だ。
その人をつれてくるという日にお店が休みのチンさんに
「じゃあ、お店をあけて」とまで言っている。

なんだろうなあ、これは。

昔、中学時代に文通をしていた女の子が
「うちのおばあちゃんは仲人をしています」と書いてきて、
へえ、「仲人」というのはたまたまのものではなく、
職業としても成り立っているのか、と初めて知ったが、
これも、そういう職業を成り立たせる人の心理の結果と言えるのか。

どうやら、人はいろんなところに
自尊心を満たす拠りどころを求めるものらしい。

それから類推すると、この世のなかには、
本人同士の意思ではなく、結びつける人たちの自尊心充足のために
結びついたカップルが大勢いるということか。

なんだか、まったく興味薄。
「ほらね、おとうさん、お見合いなんて、
他人事として見ているうちは興味をひかれても、
いざ自分の問題となると、ちっともいいものじゃないでしょう」
空の上の妻には、そう言って、ふふふ、と笑われているような気がする。


by pivot_weston | 2009-09-21 10:10 | ブログ